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コミュニティセンター等建設委員会のその後 [コミセン問題]

コミュニティセンター等建設委員会のその後
                                                          平成27年6月14日
                                                                  辻貴史

 昨年12月に中間報告書を書き上げてから早や半年が経過した。

 一年間、コミセン等建設委員長を務めた経緯があり、今後の動向に付いて注目をしているし、また、それなりの責任を感じている。

 これからの見通しに付いては、私見であるが、取り掛かりを急いだとしても8年の歳月を要する事案だと考えている。これは、財政的にも、また、市内の小学校の建て替えの順番から推し量っても、8年以上は要すると考えるのが妥当だろう。

昨年の12月に私が中間報告を提出したところの、安土学区まちづくり協議会会長・奥田憲男氏は、残念ながら今や故人だ。

 生前の奥田氏から、コミュニティセンター等建設委員会の成り立ちに付いて聞き及んでいるところは、建設委員化の前身である準備委員会では、小学校を移転しての一体型に対しては、賛否が半々であったらしい。ところが、一体型ならば直ぐにでも小学校を始めとする施設が新築できる、との市長の提案により、一体型へと態勢が傾き、昨年のコミセン建設委員会の立ち上げになり、当時、小学校移転に反対の準備委員は、この時点で退会されたとのこと。

 だから、2年前に、準備委員会から街協の会長名で近江八幡市市長宛に、一体型での建設要望書が提出されている。

 それを受けて、昨年に委員会が立ち上がったのであるが、それに付いては、中間報告に書いた通りであり、このままでは、住民コンセンサスが得られないと私は判断した。

 賛成派の委員の思いは、安土小学校の生徒が可愛そう、このままでは安土だけが損をしてしまう、駐車場が狭い等々であり、気持ちが分からない訳ではないが、百年以上も駅前に立地する小学校の移転は、そうは簡単でない。

 当初、コミセンの建て替えから始まった議論である。

小学校も、コミセンの建つ場所に付いて来いでは、規模や問題の大きさから考えて、逆であろう。

 老蘇学区の様に、もともと小学校のあった場所にコミセンを新築するとか、金田学区の様に、もともと田んぼの中にあったところに全てを纏めるのと訳が違い、安土の場合は、駅前から田んぼへと小学校を移転するのだから、色んな面で、問題が噴出するのは当然だろう。



住民による安土の将来設計の議論の場を立ち上げるべし 

問題を整理すると、一つには、「何を根拠に一体型なのか?」 である。

 これに付いては、先ずは、安土の将来の設計図(グランドデザイン)がなければ話にならず、単なる思い付きや目先の損得では駄目だろう。

 私は、この機会にこそ住民による安土の将来設計の議論の場を立ち上げるべし、と考えている。

「安土の将来の設計図は、いったい誰が考え、立案するのか?」に付いてであるが、その答えは簡単で、それは安土市民であり、それこそ民主主義の基本あり、自治のあるべき姿だ。明治時代の五箇条の御誓文まで遡っても、「万機公論に決すべし(天下の政治は世論に従って決定すべきである)」と謳われている。

これは、何でもかんでも賛成の署名を集めれば良いと言うのではなく、住民の意思を尊重し、共に研鑽し、共により良い答えを模索する姿勢を貫かねば、将来は悲惨だ。

 私は、安土の住民は、充分、自治ができると確信しているし、そのチャンスの案件であると考える。

②   次に大きな問題は、この跡地利用をどうするのか?である。

 一体型のメリットは何かと言うと、コミセン、小学校、幼稚園、防災センターを一カ所にまとめることにより利便性、安全性を増そうとするものだ。

 しかし、現状の安土は、コミセン、小学校、幼稚園は、同じ区画の中にあるのではないが、総じて近い距離に位置していることから、概ね一体型と言えない事もない。

 仮に、田んぼの中に、これらの施設を移設するとなれば、駅前に、大きな面積の空き地が出来る。


 「ここで大きな問題は、この跡地利用をどうするのか?」である。

 駅前の跡地をアパート建設等に高く売って、その代替え地に、安価な田んぼを購入すれば、その差益は建設資金に充当できるし、また、田んぼが売れれば、地主や開発業者も儲かる等、金銭絡みで事を進められれば、ややこしいし、禍根を残す。

 これまでの安土学区は、駅と小学校が街の中心であり、安土の顔である。安土駅周辺も、小学校があることにより賑わいを保ってきたし、また小学校の地元である常楽寺の住民の方も、我が子の様に児童を可愛がり、また毎朝の芝生の水遣り等、施設も見守って来られた百年を超える歴史がある。

 仮に移転するとするならば、現状よりも格段に良い跡地利用のビジョンを探し出し、それを、住民に合意して貰ってからの話であると、私は考える。

 「将来の安土の姿は、誰が決定するのか?」に付いては、それは住民であり、住民の以外の他の誰でもない事を、住民自らが自覚し、議論することがスタートとなる。

 最早、お役所任せの時代ではない。
 
  仕事に於いても、上司の顔色を見てするものではなく、お客様の顔を見て、お客様の為にするものであり、まちづくりも同じだ。

 住民サービスを職責とする公務員諸兄、並びに地域や街協の役員さん、更には市議会議員諸兄は、住民自治の観点から、先ずは住民の顔を見て、将来の安土の有り様に付いて、住民と共に考え、住民から英知を募ることから、この案件に取り組んで頂きたい。
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大島正子

何処の田舎町でも同じかもしれませんが、財政難に逼迫しているのは近江八幡市市長の言葉からも感じ取れます。(先日の観光物産協会の総会にて)住民自らが観光物産だけでなく、市の活性に向け広くアイデアを出してほしいと嘆願されていました。「安土」には多くの可能性があると思います。単に目先の形ある物を求めるのは時代に沿わず、金銭がらみの私欲でその目的が逸れていきそうな予感がします。長期的なビジョンを持った街づくりが求められており 一部の年齢層だけに偏らず、将来的な意見を集約する必要があると思います。
by 大島正子 (2015-06-15 09:56) 

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