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人の最高の年代は、いつなのか?

先日、西村恵信さんとお話しさせて頂いた。

氏は、禅の研究で名高い花園大学の前学長さんで、現在は実家の寺を継いでおられる。83歳と御高齢ながらも至って健康で、気力も充実しておられ、おまけに茶目っ気たっぷりなお話し振りだから、うっかりしていると私の方が元気付けられてしまう程の迫力をお持ちだ。

そんな恵信さんから印象深いお言葉を頂いたので皆さんに是非、紹介したいとの思いで、ブログを更新する。独り占めするには、あまりに勿体ないと感じたからである。



「人生の中で、70歳代が最高ですよ。」

それに続けて恵信さんは悪戯っぽい笑みを浮かべながら、突然、おまたに手を当てがい、「私の場合は、73歳で駄目になってしまったけど、なあ・・」と、顔を赤らめて恥ずかし気な奥さんの顔を見遣い、それもまた楽しんで居られる愛嬌者だ。

「私自身も、また多くの友人も70歳代は素晴らしかったと言っているよ。」
私をしっかり見詰めながら話された後、サット手を広げ、
 「どうぞ 御期待下さい!」と、満面の笑み。

私としては、まるで恵信さんから素晴らしい70歳代を進呈されて様な不思議な感覚に陥り、「ありがたく頂戴いたします。」とお答えした。

さて、年齢であるが、私は先月、66歳になった。
年齢に対する感想は、中学生辺りまで遡る。

中学生のなった頃に、「ひよっとして今が、人生の中で一番楽しい時期なのではなかろうか。」と思ったのが最初で、その後、10代、20代、30代、40代、50代から現在への道を歩んできたのであるが、どの時代を切り取っても、私は馬鹿の一つ覚えみたいに「うん、今が最高の年齢だ。」と至って真剣に思った。楽天家過ぎるのか、進歩がないのか、まるで金太郎飴の様に思いながら、この年まで来たのである。

もちろん、今に至って、それが崩れた訳ではないが、60歳を迎えた頃から、年齢を捉えるイメージに変化が起こった。もう少し正確に表現すると、死に対するイメージに変化が生じたのである。

それまで私は、死は、私のコントロール下にあった。
生きていることが当たり前で、寿命は退屈なほどに長いと思っていた。
何かにつけて決断する時には、「そんなことをするくらいならば、死んだほうがましだ。」が口癖で、思ったように生きて来た。

死は、生の対立軸にあった。

ところが、60歳を迎えた辺りから、寿命のイメージが変わった。「もう、半分も残っていない。」と。〔光陰矢の如し〕なる言葉も知っていたが、他所事でしかなかったものが、そうは行かなくなった。

この頃は、
「生きるだけ生きる」から、「死ぬまで生きる」に変わりつつある。
『やがて来るだろう「死」との折り合いの付け方を、ぼちぼちと考えねば…』であるが、『なにも、そんなに慌てるではなく、まあー、ぼちぼちで良かろう。』と、やっぱり呑気に構えている66歳。

そんな折に、恵信さんにお出会いした次第で、
『なになに、70歳代が最高なんだって? そうかー!! うんうん、やっぱり人生は捨てたもんじゃなかったのだ。』と得心している私である。

3年前に車を買い替えたが、そのナンバーは「2050」
1950年生まれが、目指せ100歳で2050なのだ。

恵信さんから氏の書物も頂戴した。最近書かれた本で、私が45番目の読者とのこと。ありがたく拝読させて頂く。 
                                    合掌

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