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安土小学校評議委員会

月末ではあるが、夜から安土小学校評議委員会に出席した。

評議委員の発足当初から入っている為、もう数年になる。
その間、校長先生も3度代わり、評議委員の方も全て入れ代わり、性懲りもなく最初から続けているのは私だけ、と言う何とも情けなく不名誉な始末である。
それでも、始め掛けた【あづちっ子フェスティバル】を何とか地に足の着いた事業に育て上げようと、今や構内の全てが禁煙となった校舎で、2時間半も煙草を我慢して会議に出て来た。

人口僅か1万2千人の町に何十年も住んでいると、何時の間にやらミンナ顔見知りになってしまい、それ程に一々説明しなくても、私の言わんとする所が理解して貰え、居心地が良いと云うか、楽に事が進む。

私も、いつの間にやら古株、街の顔、になってしまった。

今回の評議委員さんの顔ぶれだが、商工会長さんに観光部長さん、それに区長さんは前の教育長、それに荒川さんと私とPTAの正副会長の7名。優秀な皆さんが一年間、色々と頑張る訳だが、無償ではなく年額5千円が支給される。時間給に換算すれば500円にも満たないから、別に貰わずとも良い。
地域の子ども達と地域社会の教育力の向上に少しでも繋がれば、と思っての事で、忙しい中を都合を付けて、皆さん、会合に臨んで居られる。安土も、まだまだ捨てたもんじゃない。

今までもそうだが、これからも安土を担うのは、こうした無償の人間の力であり、政治家ではない。その辺を、よく受け止め、職業政治家諸君は日々励んで欲しいと期待する。

さて、明日8月1日は、親父の命日。
一日は、法円(お坊)さんの月参り。

ところが、なんとしたことか、一週間前に、仕事のアポを入れてしまった。
その時、どういう訳か、[つい忘れてしまっていた]らしい。

【この、親不孝者め!! 】 だ。

『あーあ、なんとか、ふたついっぺんに済まさなければ…』

そう言えば、親父が達者な頃、こんな会話をした。

私「もしも、おやっさんの葬式と仕事がかち合ったら、どうしようかね」
親父「それは、仕事優先に決まってるやろうが!!」
私「ほんまにか?」
親父「ほんまにや!!」

とは言いつつも、葬式の最中に仕事はしなかった。
で、明日であるが、なんとかどちらも頑張ってみたい。
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情報 女子高生のスカートの丈

情報と言っても山ほどある。
それらの殆どは、聞いた尻から忘れてしまう。
まあー、それで良い。

情報の入手手段は色々あるが、やはり人づてが一番だろう。
それも、四角四面に話している時よりかは、食事をしながらの無駄話の時の方が、気楽に話題が広がる。

と言うコトで、今夜は、これまで私が知らなかった無駄な情報を一つ。

私の仕事関係の情報入手は、問屋やメーカーと一緒に【釜茹でうどん】を食べる時が多い。
殆どは県外の人間だが、最近、麻の関係で県内の問屋さんとの付き合いも増えた。

2週間ほど前、食事に行ったのは、県内の20代の男と県内の40代の男。
二人そろって、いつもより随分と若い。だから、自ずと話題も違ってくる。

うどん屋へ向かう車の中で、
H君「社長、女子高生のスカートの丈ですが、滋賀県が一番短いって、知ってます?」
私「えっ? スカートの丈って、県によって違うんか?」
H君「ぜんぜん、違いますよー。だから県外から滋賀県に写真を撮りに沢山来ているらしい、ですよ。」
私「へぇー、全然、知らなんだわ。なんか損した感じがするなぁ」と大笑い。

しかし、よくよく考えてみると、私の行動範囲には女子高生なんか居ない、と判明。
そこで私「どの程度、短いんや?」
H君「そうですねー、サザエさんの漫画に出てくるワカメちゃんくらい。」
私「へぇー、そんならパンツが見えるやん。」
H君「そうですよ、だから、腰にセーターを巻いたりしてますね。」
私「ふーん、面倒臭いな。でも、なんで短くするんや?」
H君「やっぱり、規定のままやと、中途半端に長いから、ダサイのと違いますか。」
私「そんなら、イッペン、見に行かなアカンなぁー」と言ったものの、あれから2週間経った今でも、見に行ってはいない。

そう言えば、私が学生の頃にはミニスカートが全盛だった。
そうそう、モデルのツイギィーなんかも来日したりで、当時の写真を見れば、女の子はみんな、ミニスカートだった。

風紀が乱れて困る、なんて言われたりするが、私はミニスカートに、なんか平和な感じすら覚える。
滋賀県の高校にも、一応、スカート丈の規定があると思うが、殆ど守られていない、と言う事態も、嬉しかったりする。

そんな細かい事にまで、一々、とやかく言う方も変だし、逆らわないのも変。

と言うコトで、本日は、
頑張れ、湖国のミニスカート。
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熊野古道 (その1)

行った事のない熊野古道であるが、私などはこの名前を聞いただけで、凄く好い所なんだろうとイメージしてしまう。たぶん、テレビでよく見る所為だ。

しかし、住むには大変なのだ、と最近、ようやく解かった。
それは、熊野古道出身の彼と知り合ってからだ。

彼は私と同年齢。
数年前から、ねむはーのビデオのレンタルのお客さん。

いつも、小さい子供を連れているから、「誰の子供なん?」と聞いて以来の付き合い。
2年ほど前に、「何か仕事ないか?」と頼まれ、事情を聞き、不定期だが仕事をして貰っている。それは、生協の集配とか、ペンキ塗りとか、植木の手入れで、彼はどれも器用にこなす。

そんな彼から、今度は「借家がないやろうか?」と聞かれ、只今、空き家を探している。
アパートなら幾つもあるが、たいてい月5万円はするし、敷金、礼金も要る。彼の希望は、3万円程度で、敷金、礼金なし。

入居者は、彼と小学校低学年の男の子、同じく一年生の女の子、幼稚園の女の子の4人。私は、この子達とも仲良しである。
幼稚園の送り迎えも彼がするから、満足に働けない。

話は最初に戻るが、
私「この子は、誰のやね?」
彼「上の2人は自分の子で、一番下は、長女の娘やから孫です。」
整理をすると、彼の子供は4人で、20歳を少し超えた娘、20歳前の息子と、現在の2人の合計4人。それと娘さんだが、幼稚園の子供が居て、離婚後、彼に子供を預けている。

私「奥さんは?」と聞けば、フィリピン人で、今は離婚して、母国に帰ったとのこと。20歳前後の娘と息子も、今年からフィリピンへ行った。
彼から頼まれて、私は昨年の暮れに娘さんの仕事先を紹介してやったのだが、彼女は中学校までフィリピンに居たから、日本語が話せても書けないと言う理由で、仕事を続けるのが難しかったらしい。

彼「今、借りている家を近々、出んならんのよ。」
私「家賃を滞納をしとったんと違うんか?」
彼「それも少しあったんです。上の息子が携帯電話に10万も使うたりで、ほんまに大変やったんです。でも、来年から下の孫も小学校に入るから、もっと働ける様になります。」と、色々と大変だ。

(下へ続く)
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熊野古道 (その2)

(上からの続き)

更に彼「社長、滋賀県は県民一人当たりの所得は全国で4番目でしょう。わしの住んでいる所なんか、仕事が全く無いんです。もしも家に帰ったとしたら、わしは村で一番若い部類で、あとは年寄りばっかり。昔、700軒あった村も、今では300軒です。同級生で高校へ進学したのは、2%なんですよ。わしらをはじめ、みんな中卒ですわ。」

安土も、やっぱり田舎やから、そんな彼が家を探しても、なかなか家を貸して貰えない。それに、町営住宅も駄目だったらしい。だから、私が仲介できればと言う訳である。

熊野古道、それにフィリピン妻、私の年齢で小学校低学年の子供2人と幼稚園の子供。
どれを取っても私の想像の域を超えている。
しかし、実際の彼と子ども達を見ていると、それほど悲観したものじゃない。

私と仲良しの小学校一年の子「おとうちゃん、0円生活しような~。0円やで!!」とニコニコ話す。
彼は、私の手前、少し恥ずかしそうに「もうー、してるやろ」と答える。

すると、その子は、
次に私に向かって「あのなぁ~、0円生活やねん。良いやろう。」
と、無邪気な顔がとっても可愛い。

そんな笑顔を見てると、どういう訳か、私がこの子に励まされている様に思えたりする。

不思議だ。

2週間ほど前、ちょうど私が自動販売機でお茶を買おうとしていた時、この子たちに出会った。

私「みんなにも、買うたるわ。」と言うと、
この子「えぇーー!! おっちゃん、金持ちなんやなぁー」と大喜びだった。

想像すら出来ない情況は沢山ある。
例えば先日、中国への出張の時に見た村の人々の暮らしとか、テレビで観たパレスチナの子供とか、つい辛かろうと思ってしまうが、そうでは無いだろう、と同時に思う。子ども達の笑顔は何処にでもある。

どんな時代であっても、どんな情況であっても、また境遇とか、もって生まれた資質とか、それぞれ違う中を、人は生きるしか道は無い。

少し強引な言い方だが、それぞれを前向きに受け止め、それなりに生きる。しかも、楽しく生きる。

そう思う。
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花嫁募集中

果たして日記で効果があるのか?
であるが、何事もアクションを起こさねば!! である。

と言うのも、
本日、お気に入りの散髪屋さんに行き、店主の浩ちゃんにお嫁さんの世話を頼まれたからである。
近場で物色も、それなりの「手」ではあるが、せっかくネットを開いているのだから、使わぬ手はなかろう、と思った次第だ。

この【浩ちゃん】も、私の日記の読者だから、今晩には彼の目に留まる筈である。もしも掲載が不都合なら削除する積りだ。

それでは、私なりに浩ちゃんを紹介してみる。
自己紹介ならぬ他己紹介だ。

では、プロフィール

こちら46歳男性
職業   理髪師 腕が良いから流行っている。
      結婚後、手伝っても良し、手伝わずとも可。
家族   お父さん、お母さんと本人
職場   理髪店は実家とは別
年収   そこそこ有り(同世代の男性より下回ることは無い)
見た目  森本レオをもう少し男前にした感じ
体格   中肉中背
趣味   アウトドアー スキー ジャズ鑑賞 
約束   結婚しても毎年、必ず泊りがけの旅行、スキーに連れて行く
野球   中日ドラゴンズのファン
サッカー 名古屋グランパスのファン
会話   長時間でも楽しく場が持てる
絶倫度  週一なら43分も可能 
優しさ度 「4.5」(5段階評価) ちなみに私は「3.5」
男臭さ  「3」                「3.5」
女好き度 「3」                「4.5」
センス度 「4」                「4」
教養度  「4」
結婚歴  1回あり(生別)
彼女の居ない歴  2年
希望年齢 30歳~46歳 少し年上も可。(子連れも可)
応募方法 先ずは私にご連絡下さい。
     私が一緒に食事をご招待。だから、友達同伴も可。いや、ベスト!!

と、まあー、こんな感じかな~。
私としては、結構、おススメなんですよ。



一応、アップした直後、
はい、ほんの今なんだけど、浩ちゃん に電話して、「日記に書いたどぉー」と伝えた。
内容を読み上げ、確認したところ、彼女の居ない歴が2年と分かり、只今、訂正をし終えた。

それでは、みなさん振るってご応募下さいまし。
本人でも良し友達でも良し、です。
晴れてゴールインしたら
その日からあなたは、安土町民になれると云う特典付きです。
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the pursuit of happines

これはウィル・スミス主演の映画のタイトル。新入荷のDVDだ。
pursuitは追跡と使われるが、「幸せの力」と訳されている。

ただしタイトルの「happines」は「happYnes」とワザと綴り違いの単語を使っている。
これは壁の落書きなのだが、主人公が何度も「yをiに描き直してくれ」と頼む姿が、映画を観終えた後に新鮮に振り返れる。

昨夜観たのであるが、全編を通して何とも辛い。
『もういい加減にして呉れ』と思う程の逆境だが、主人公は挫けない。

「ギブアップしない限りは負けないのだ」とは、私自身常々思ってはいるが、ここまで来ると、正直なところ『堪忍してほしい』と思わせる。しかし、不思議と落ち込まないのは人物像なり映像が現実なり現状を丁寧に作り込まれているからであろう。

境遇は違えども、誰しも苦労を背負っている。
過去にもあっただろうし、現在も抱えているし、将来もあるに違いない。日本の歴史上、成功を収めた筈の家康でさえ、「人の一生は重き荷を背負いて・・・・」と述べているのを見ても明白だろう。

勿論、人は結果を求めての人生ではあるが、結果が即ち人生ではない。

pursuit と happines
pursuit に happines
pursuit が happines
happines が pursuit

この二つの単語を並び替えたり
また助詞を色々と変えてみたり

ひよっとして、happinesの他にhappYnesも有りかも知れない。

☆ PS ☆

昨年、ジャケットの売り上げを書いた時、日記読者の直彦から、
「社長、あんなん読んだら、800円のモンを売ってて良いんやろうか?と思ってしまうんよ。」と言われた。

「それでイインヨ!!」と言ったところで、何の慰めにもならんのは分かっているが、ホンマにそれでいいんよ。
ひょっとしたら、何兆円も売っている連中だって居るかも知れんし、俺にしたところで、100円のレンタルを「ありがとうございます。」と言っているよ。

タイガース、なんかこの頃、急に強くなって来たな~。。
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もう少しお仕事日記

先日の中国出張での成果が出た。

財布を掏られた甲斐があった?
うん? こんな表現はないやろう!!
と、一人で突っこみを入れるも、目出度しである。

商品はブルゾンで、<A Href="http://www.kamoi-net.co.jp/" target=_blank>カモ井加工紙株式会社さん</A>で ノベルティに使って頂く。シーリング・テープの【ドラゴン】【カブキ】【ムサシ」を箱買いすると貰えるのだ。
建築関係の人向きで、一般の方には馴染みがないであろうが、昨年の納入数は2万枚弱で、今年度はなんと2万7千枚。そして販売金額も4000万円超え。

ブルゾンの写真はカモ井さんのHPの「今が旬 トピックス」で紹介されると思うので、建築関係の方が居られたら、申し込んで欲しい。普通に買えば、一枚8000円以上はするブルゾンなのだから。

と、言うコトで、またまた売り上げ記録を更新した。

最近、仕事日記が続いているが、もう少し仕事の話。

ワタセでは、ここ6年間、夏のボーナスを出せていない。
別にケチっている訳ではなくて、儲かっていない、のだ。、

しかし、今年はボーナスと言えないまでも、「寸志」程度は支給出来るかな~、と言った按配。
なーんて、内情を暴露して、どうする!!(爆)
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ふとん屋の星 (その1)

これは、残念ながら私の事ではない。
10年ほど前に知り合った<A Href="http://my-nemuri.jp/index.html" target=_blank>静岡のイナベさん</A>だ。彼は私より少し年下で、私と同様に家業を継がれて20年は経つ。

そんな彼のことを「ふとん屋の星」だと思うに至ったのは、つい最近のことだ。
東京西川のチェーン店では、年に何回か集まり勉強会をしている訳だが、その成功事例として、彼の店がよく紹介される。更には、地方のふとん屋の会合に彼自身が出向いては、そのノウハウを惜しげもなく披露されている。

どの様に彼の店が凄いのかと言うと、それは店舗面積と売り上げ、そして社員数を知れば、一目瞭然だ。
店舗面積は僅か30坪で、従業員数は社長も含めて4名しかいない。しかし、売り上げは2億5千万円。
一人当たりの年間売り上げは6000万円以上で、これは全国平均と比べたら5倍近い。それに、安売り店でないから利益率も良い。

最近、寝具店のみならず小売店の不振は酷い。大型店や無店舗販売の煽りを食って倒産や廃業が後を絶たない。寝具の専門店のシェアーは、今では総販売額の一割を切る始末だ。

彼が家業を継いだ当初の売り上げは5千万円。それが、今では5倍になっている。
店を大きくして、社員数を増やして売り上げを伸ばすのなら、誰でも出来るコトであるが、それで採算が合うかと言うと、殆どの場合、合わないどころか倒産を早めるだけに終わる。
彼の場合は、多店舗展開する訳でもなく、営業社員を増やす訳でもなく、30坪の店舗のままで売り上げを5倍にしたのだから、恐れ入る。

彼の成功は、寝具店の「あり様」を追求している点にある。
彼が売らんとするのは、布団と言う名の商品ではなくて、「心地よい眠り」と「健康」である。
これは、少し考えれば誰でも分かるコンセプトと思われ様が、しかし、彼の場合は、そこに向けての根性が違う。手っ取り早く言うと、ホンマモンなのだ。

(下へ続く)
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ふとん屋の星 (その2) [みのむしふとん]

(上からの続き)

私の場合、やれ「みのむしふとん」とか、それ「本麻ふとん」とか、卸部門の立ち上げとか布団のリサイクルとか、色々と忙しい割りに、儲からない。
だから余計に、彼が偉いと思う訳だ。
正直なところ私は、これからの小売店に、彼ほどの期待をしていなかった。
と言うか、イメージを作り上げ切れなかった。

そこで昨日、「チラシを送ってくれ」と彼に電話を入れた。
私「HPを読んだけど、アンタ、凄いな~。」
イナベさん「そんな、社長から言われると、背中に汗がグッショリですよ。」
私「いやいや、たいしたもんや。」

すると、早速、今日の午前中に届いていた。
『やっぱり、仕事が速いなぁ~』と感心する。

早速、拝見させて貰ったが、やはりチラシ一つをとっても根性の入り方が違う。
これまで他店のチラシが良いなんて思ったことがない私だが、感心した。よく勉強もされている。

タイトルに「ふとん屋の星」と書いたが、彼こそが星に相応しい。
星たる者は、みんなに勇気と希望を与えてこそ、スターである。

「えっ? 私はどうかって?」

はい、もちろん、私なりに頑張りますよ。

店舗スタッフには、彼の凄さを学んで貰い、
私は、もう暫く、ものつくりに没頭します。

星たるもの、
彼の様に、お客様に、社員に、同業者に、業界に、そして社会に尽くせてナンボや。
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商品開発 [みのむしふとん]

この頃の私は、お布団以外の商材も手掛けている。
その一つが、近江の本麻を使ったものだ。

これから生き残る道であるが、ワタセの場合、一つには「みのむしふとん」を初めとするオリジナリティのある商品開発であり、もう一つは、今年の夏に通販生活さんで取り上げて頂いた「近江本麻布団」の様な地域の特色を活かした商品開発だろうと考えている。
その理由だが、価格で競争すれば、中国に敵うわけがないし、量的な勝負に打って出るには資本が無さ過ぎるからである。

この2番目であるが、先ずは「麻」だ。
それも近江の麻。

近江の麻は、鎌倉時代から愛知川水系(滋賀県の中部地方)で育まれた古い歴史があり、現在でも、織り、撚糸、晒し、染め、整理、縫製等々の地場の工場が残っている。品質は、あのシャネルやアルマーニに使われるほど、素晴らしい。

昔は、近江商人が、地場産品を商品開発して全国へと売り歩いたものだが、現在の流通の殆どは商社経由であり、下請け工場の感がある。

そこで私の役割だが、地場工場の社長と友達であることから、商品開発と市場開拓の両方を受け持つ「現代版近江商人かな」と考えている。もちろん、商品は地場産品の麻に拘る。

そんな訳で、近頃、布団以外の商品開発を始めている。
昨年、取り掛かったジャケットの成功に気を良くして、もある。

【近江麻の提案】として、ブラウス・浴衣までも作っている。
提案先は、通販生活さん。

(1)女性用ブラウス (ポリ50 リネン50)
  色 ネイビー150?p巾

(2)女性用ブラウス (綿50 リネン50) 
  色 オフ 110cm巾

(3)パジャマ (ラミー100)
  色 チェック  4m 110cm巾  

(4)ハンカチ (リネン100)
  色 グリーンとオレンジetc(草木染め)

(5)エプロン  (リネン100)
 (4番より太めの糸) 色 オレンジ(草木染め)

(6)ゆかた (麻100)
  花柄プリント 紺
  
(7)ベスト

(8)本麻シーツ(ラミー・リネン)
  本麻シーツ(リネン100)

それぞれについては、いっぱい伝えたい内容がある。

誰が、
何処で、
どの様に吟味して、
どのような工夫で、
どんな気持ちで、作っているのか。

これまでは、中国製であっても、一部を加工するだけで、日本製と表示出来たが、中国不信が広まる中、今後は、製造工程も表記する様になる。
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久々にいい天気

梅雨明けも、もう直ぐだ。

本来なら「さあー、仕事を頑張るべぇー」なのだが、町も、また正念場を迎えようとしている。

『日記を書き始めて8年が経つ
 と、言うコトは、4年前の町長選についての記事がある筈だが…』

と、日記内の検索で調べてみた。
書きっ放しで、読み直すコトなど滅多にないだけに、新鮮な感じすら覚えた。

<A Href="http://www2.diary.ne.jp/search.cgi?user=107160&cmd=show&num=2003080631060187776&log=2006810373&word=町長選">[2003/08/06 (水) いよいよ選挙戦]
</A>では、津村君を町長にするべしと奮闘する様子が書かれているし、 <A Href="http://www2.diary.ne.jp/search.cgi?user=107160&cmd=show&num=2003082731061970042&log=2006810373&word=町長選">[2003/08/27 (水) 町長選に向けて] </A>では、選挙の争点を述べている。

津村君は、今でも親友に変わりは無い。
しかしながら、安土の将来を考えると、昨夜書いた様な「筋論」も疎かに出来ない。

地域に生きることは、それなりの責任を負うことでもある。
私達は、もう、そんな年齢である。

友達も大事にしたいし、地域も護りたい。

暫く、大変だ。
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9月初旬に町長選 (その1)

安土ではもう直ぐ町長選挙。だから、あと2カ月もない。
そんな訳で、今夜の銀行の経友会でも、当然のコトながら話題になる。

日記に色々と書くべし、なのだが、町内の読者もある故に、何処まで書いて良いものやらと、思案橋だ。

現職は、続投を表明で、現在の所、他の候補は一応未定。

安土の場合、前回の合併騒動で失敗したから、現在でも未だ安土町のまま。
だから、争点は、どうしても合併問題になる。

実際の所は、合併なんぞは、大した問題ではない。
合併は単なる行政改革の一つの手段に過ぎず、合併したとしても、議員、特別職、町職員以外の一般の町民には、なんら変化がない。
それなのに、闇雲に感情的に成り勝ちなのが困った点だ。

問題は、このまま合併せずに居れば、町財政が赤字転落することに起因する。

私は、「是が非でも合併すべし」とは、考えない。
ただ、【無策のまま】に赤字転落するのが、一番恐ろしい。
「赤字になるまでは、このままで良い」を無策と言うのだ。

「そうなったとしても、国が何とか面倒見て呉れるだろう」の甘い期待は、最早持てないことは、夕張市の例からも明らかだ。
もちろん、あと暫くは、積立金を取り崩せば、無策でも過ごせる。
しかし、ツケは必ず来る。
そして、そのツケを払うのは次の世代で、弱者にほど厳しい。

合併に関しては、(1)合併する (2)合併しない の道は二通り。
どちらも安易な道ではないが、一部の成功事例を除いて、概ねは合併への趨勢である。これは自民党の政権が続こうが、民主党へと政権交代がされようと、同じである。

(2)合併しない、を執る場合は、合併しないでも財政破綻しない道を指し示さなければいけない。
福島県の南端に位置する矢祭(やまつり)町は、合併しない宣言をして、目覚しい改革をされた例もある。
これについては、以前に私がブログに書いた<A Href="http://blog.livedoor.jp/azutijyuku/archives/50196375.html">矢祭メモ</A> をご覧頂きたい。

矢祭と安土は、色んな点で違いが大きいが、安土なりの「合併しない」町の改革(赤字財政にならない)のシナリオが描けるか否かが、大きな問題である。

(下へ続く)
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9月初旬に町長選 (その2)

(上からの続き)

もしも「そのシナリオ」を描き切れて、速やかにシナリオ通りに進めるとしたら、それなりの方法だが、破綻以上に厳しい道でもある。
例えば町長、議員の報酬○割カット、職員数の○割カット、住民サービスの○割りカット、町民税の○割り増し、等々、町長、議員、職員も腹を決め、更に町民も一丸となって初めて可能となる。この○であるが、2割や3割では、とても足りない。

前回の合併は、【町民アンケート】でご破算になった。
「合併するかしないかは、町民の皆さんのアンケートで決めます」は、なるほど【受け】が良いだろうが、無責任と言わざるを得ない。アンケートで決めるのなら、町長も議員も不要だ。ボランティアならいざ知らず、税金で給料を貰う以上は、それなりの仕事をする責任がある。合併ツブシに必死となった共産党も、党の都合だけではなくての合併反対ならば、単独でも赤字転落しない道を指し示すべしだ。

「合併すべき」なのか「合併しない」のかを【シナリオ付き】でハッキリと打ち出し、選挙に立候補すべしである。

前回は合併特例債の関係で100億円近い奨励金が下りる予定だったが、今度は、そんな美味い話はない。
それに、合併は結婚と同じで相手があってのこと。前回の様に対等合併に持ち込むのは、容易な事ではない。

当面単独=赤字になるまで単独=自分の任期の間は単独

こんな選択肢は、最早無い。
あるのは、合併か単独か、である。

日記で繰り返し書いて来たが、「街」は学区(小学校区、中学校区)が基本だと私は考えている。
だから、合併したとしても、通常の街は、なんら変わらない。
しかし、合併することによって、医療、老人福祉、観光行政、産業振興などは、広域のメリットを大いに生かせると思われる。

と、久々に町政に付いて考えてみた。
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ポケットの中に13&#44;000円

台風で梅雨明けか、と期待していたが、相変わらずの雨で、おまけに地震まで。

幸いにして滋賀県はどちらの被害なかったものの、
紊乱、乱調、絶倫の、こう云う類は歓迎できない。

連休中、天候が悪く、ついつい足が伸びたのはパチンコ屋。
「世間の人が困っている時に暢気にパチンコなんぞしている場合か!!」
であるが、ホンマに、その通り。

連戦連敗で、気分悪し。、

パチンコに負けたくらいで、一々後悔なんぞして居られないが、今回は、珍しく反省した。
そもそもストレス解消が目的なんだが、負けてストレスが溜まる様では、話にならない。

しかし、「パチンコへ行かない」なんて目標を持つなんて、あまりに阿呆臭い。
なにか善い方法がないものかと思案した。

以下は、その時の独り言。

『うん・・・?  
 だいたい、今日なんかパチンコをしたくって、パチンコ屋に来た訳でもないんや。

そうそう、【つい】来てしもうた。、
そやから、これからはパチンコ【でも】しようか~、は止めよう!!

しかし、この【つい】は、止められるんか?
うーん…、難しいやろうな~
だって、【つい】と言うのは、確信犯やないやからな

そうだよなぁ~、
そしたら、どうしたら良いんやろう?

そやなー、財布の中に金を入れているからアカンのと違うか?
無かったら、行けへん!!

そうか!!
財布の中身を決めれば良いんよ。』

と、言うコトを発見した。
「発見」は、あまりにもオーバー過ぎる表現と思われるだろうが、これまでの私は、財布の中身なんて決めたことがないから、発見なのだ。

『では、【幾ら】にしよう?』
であるが、考え付いたのが1万3千円まで。

パチンコ以外に私がお金を使うのは、一番高いものは煙草代の12000円(300円を40個)。
その次は、散髪代の6000円。
後は、問屋を連れての昼飯が、せいぜい3000円。
歯医者の支払いも、2000円もあれば充分。
他には・・・、呑みにも行かないし、買い物も殆どしない。
カードだって持っているから、まさかの事態にも備えられる。

それに、1万3千円でパチンコに行くには少し無理がある。
私の感覚では、せめて1万6千円は持っていたい。

もちろん、何処かへ行く時には、それなりに持ち出せばよい。
と言う訳で、「今日からポケットには13,000円まで」

よし!! これで【ついパチ】追放だ。
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紊乱 びんらん (その1) [性欲絶倫シリーズ(男・女)]

「梅雨って こんなに雨が降るもんなん?」って、つい思ってしまう程の連日の雨である。

『はやく梅雨が明けんかな~』
と心待ちにしているものの、明けたからと言って何かある訳でもない。
まぁ~「明けまして おめでとう」の正月みたいなものかも知れない。

さて、久しぶりの日記である。
「みなさん、お元気でしたでしょうか?」

久しぶりの理由であるが、一月ばかり絶倫を続けた所為もあり、日記に向かうと、『またぞろ絶倫関連になるやも?』と、暫く遠ざかっていた。

今週、出会った連中も、挨拶代わりに「絶倫日記、読んでましたよー。」から会話がスタートするものだから、当然、話題は絶倫になってしまう。

3日前の直彦もそうなら、昨日の木村縫製の息子も、やはりそうなる。

木村君は、独身。
二人で、うどんを食べながら、私「おまえ、幾つやったっけ?」
木村「32歳です。」

私「しとるんか?」 木村「えっ?」 
私「アレや」    木村「は、はい!」

私「えっ? 彼女が出来たんけ? どうして、見つけたんや?」
木村「・・・、えぇーっと、友達の紹介です。」

 『ほほう~、友達の紹介かいなぁ~』と、想像範囲内の展開に、少し安堵を覚えながら、
私「彼女とは、もう長いのか? 何回した?」
木村「未だ、5回ほどです。」
私「ほほう、5回ね~」と、人事なのに、まるで自分の事の様に嬉しくなる。
この〈嬉しくなる〉感じは、読書と同じ[追体験]から来るものと思われる。

だから、
私「で、43分しとるん?」と聞けば、「ちょっと無理かも知れません。でも、ソレ近くは出来ることもあります。」
私「へぇー、大したもんやー!!」と褒めれば、木村は喜んだ。

(下へ続く)
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紊乱 (その2) [性欲絶倫シリーズ(男・女)]

(上からの続き)

当然、話は絶倫へと進む。
絶倫日記で予習が出来ているから、今回は復習みたいなものだ。

私「この頃、嫌なニュースが多いな。特に性犯罪は、かなわんなー。」
木村「女子高生がトイレに赤ちゃんを捨てたとか、暗いニュースは嫌ですね。」
私「性の文化度が落ちとるんや。やっぱり、教える者が居んことには、話にならん。」
木村「ビデオとか、ありますけど?」
私「あんなもんは、アカン。百害あって一利なしや。若いもんが興味本位でみると、頭の中が、アレで一杯なってしもうて、凶暴さに輪をかけるだけや。」

木村「ビデオでは、勉強になりませんか?」
私「お前、ミシンの説明書読んで、踏み方のビデオ見て、それで縫製が出来るけ?」
木村「そんなん無理ですね。とても売りもんにはなりませんわ。」
私「そやろ、縫製屋をしようと思うたら、それなりの先生に習わんとアカン。先ずは、修行や!! 
ラーメン屋でも、ふとん屋でも、なんでもそうよ。
その点、江戸時代は良かった。近所のおっさんやおばさんが、セックスを丁寧に教えたもんよ。」
木村「おばさんですか?」
私「あのな、おばさん言うでも、色々やで。それが黒木瞳さんやったとしたら、どうやねん?」
木村「黒木瞳!! そりゃー、嬉しいですわ。」
私「そしたらなぁー、次は、お前が、やりたい盛りの高校生やとしてみいー。黒木瞳が1年待ちやったら、どうする?」
木村「一年待ちやったら、とっても待てませんわ。
 誰でも早い人に教えて欲しいですわ。」

私「教えて貰うのは学校と一緒で、結構、厳しいんやぞ。
 ええ加減なことしとったら、怒られる。先ずは、心から入るんや。」
木村「心・技・体ですか!! 」
私「お前、ええコトいうなぁー。 
 そや、心技体や、礼から入って礼に終わる。 まさに文化や。」
木村「で、社長は、教えて貰わはったんですか?」
私「えっ? ワシか? アカン、教えて貰えなんだ。ワシも悪い時代に生まれてもうたからな。(笑)」

========

(下へ続く)
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紊乱 (その3) [性欲絶倫シリーズ(男・女)]

(上からの続き)

と、まあー、こんな感じで過ごしていた私だが、掲示板では、Tori。さん、しあわせものさん、warabi、Raynoの突込みが、なかなかである。

先ずは「しあわせものさん」の書き込みより

☆「大奥・・・」、「光源氏・・・」この時代ってやはり夜を過ごすお楽しみ文化が現代とすごく違って乏しい事もありそっち方面がお盛んで、優雅というか文学的優美さも深くあったり「人間味」あふれていたのかも知れませんね・・・と思いますが・・いかがでしょうか?ホント・・・大いに興味のあるところで、また「阿部定」「大杉栄殺傷事件」全く男女の「絶倫論」はつきませんが、カミューさん如何でしょうか?☆

中でも、大杉栄さんに大いに興味をそそられた。
<A href="http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0736.html" target=_blank>松岡正剛の千夜千冊</A>に、 大杉栄が紹介されているので、時間が許せば読んで頂きたい。
[大杉栄の生涯はこの紊乱をもって進み、紊乱をもって途絶える。
 いまでは何が不穏であるかがわからなくなっている。しかし大杉栄はつねに不穏の上にいた。社会が不穏であるだけでなく大杉自身が不穏であった。大杉が生きることは、大杉だけではなく大杉の周辺を不穏にした。…]

「絶倫」であるが、【紊乱】と置き換えたい思いがした。
あまりに素晴らしく思えたので、もう少し文章を引用させて頂く。

【大杉は「母なるもの」によって自由と革命と祖国と言語とを創りたかった。そのためには既存の秩序と既存の制度と既存の観念と既存の行動を犯していく必要があった。
 大杉の思想と行動はそのための証明書でなければならなかったのである。だからこそ大杉は、こう書いたのだ、「紊乱は僕等の真の生である」】

大杉ほどは無理としても、人それぞれは、それなりに革命家なんだろうと思う。
新しい世界、新しい自分を切り開いてこその人生だ。

続いて、Tori。さん、warabi、Rayno書き込みをコピペさせて頂いた。

Tori。さん☆
思うのですが、食べ物でもほにゃらら^_^;でも、一生のうちに消化する量や時間は決まってるんじゃないかと思うのです。
1回43分できても1年に1度の人と。。。
1回20分の人でも週に3回の人ぢゃぁ。。。
どっちが幸せなのかなぁ?と思ったり。☆

(下へ続く)
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紊乱 (その4) [性欲絶倫シリーズ(男・女)]

(3からの続き)

warabi☆
絶倫シリーズは絶倫やセックスだけにとどまらない深いお話でした~カミューさんグッジョブですぅ♪
>一生のうちに消化する量や時間は決まってるんじゃないかと思うのです
というTori。さんのお言葉にうなずいてます。。。
セックス=挿入ではない!と声を大にして!
挿入の深さなんてみんな数?pくらいの差しかないし、それに較べても~っと深いものってあるはずで・・
で、挿入時間が長いほど女性は満足するというのはどうかなぁ・・と。そう思う女性は私だけじゃないと思うのですが・・(あれ?前にもこんな話したっけ?)

時間、回数、太さ、長さ、角度、飛距離(?)、、、数字を気にする男たちは可愛いと思うけれど、
そんな定規でははかり知れないのが女の性なのでござる♪でっかい宇宙なんだぁ~(壊れてます)☆

Tori。さん☆
>そう思う女性は私だけじゃない

いやいや、私も声を大にして同感しますですっ!
43分で喜ぶのは男性のほうで、女性はその前後が長い方が満足度高いですよね~!絶対!
カミューさんの反撃を待ちましょう(爆)☆

Rayno☆
Tori。さん、しあわせものさん、warabiぃ
コンニチハッ
私も参戦!(笑)

長さや太さや時間では、ぜーーーーーーーーーーったいないですよねっっっ
ほんとーーーーーーにそう思います・・・!

相性といってしまうと陳腐だけれども
ヤラシイコトしてる・・・けれどもどもっ
ぽわん、と優しい(?!)気持ちになるというのか
包んでるんだけれども(笑)包まれてる感があったりとか、ね~~~!☆

Tori。さん、warabi、Raynoへ。
貴重なご意見を拝聴させて頂き、ありがとうございます。

まあねー、
3人の女性から、こうも口を揃えられると、反論の余地はなさそうですね。
反論したとしたとしても、女性が、そう言うのに、男の私が何を言おうとも勝ち目はなさそうです。
しかし私の紹介した「愛の43分説」は、お三方の言われることに反するものではないのですが。、

先ずは、
【一生のうちに消化する量や時間は決まっている】について。

これに関しては、「命のくくり」としても同感です。
命は時間である、とも言えます。

どんなに金があろうと無かろうと、命、時間、の前に私達は平等です。
この世の中で、何が尊いかと言えば、命より尊いものはありません。

(下へ続く)
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紊乱 (その5) [性欲絶倫シリーズ(男・女)]

(前30件の紊乱その1から順にご覧ください)

命、そして時間を、私達人間は、目から鼻から口から耳から肌から性器からと、身体中のあらゆる感覚、神経を通して感じ取り、脳へと情報を伝達しています。
ギョーム・アポリネールは「きみのからだの九つの扉」という詩の中で、性の歓びを歌っています。

もちろん、セックスだけではありません。
命が、まさに美しく輝く、時間が凝縮されたかの如くに感じられるのは、世界との触れ合い、人との触れ合いでありましょう。

そして、
限られた命、限られた時間、一度きりの人生だからこそ、充実した命を過ごしたいと願わずには居れません。

しかし、言葉の一つをとってしても、人一人で考え付くものでありません。
全ては、積み上げられた文化の恩恵であり、人から人へと受け継がれて来ました。

全ての文化は、文字を通して、時には手取り足取り教えられました。
しかし、残念ながらセックスだけは、どう云う訳か、のけ者扱い。

「そうじゃないでしょう!!」との思いがある訳です。

武道にすら心技体がある位ですから、セックスにも当然、あってしかるべしです。
セックスも礼に始まり礼に終わります。
ですから、技だけを取り立てて強調するのは、おしゃるように誤りでしょう。

以前、ご紹介したと思うのですが、性の人類学者のキムミョンガン氏は、セックスについて、確か、こう述べられていました。
【セックスは宇宙との対話であり、神との和合である】
これは、何もセックスに限らず、生きること自体が、その様なものだと思えます。

しかし、世界や人とストレートに向き合えて居るかと言うと、残念ながら、そうでもありません。
稚拙な犯罪は問題外としても、人が人らしく生き生きと輝いているのか? は、私も含めて疑問です。

社会が私達を管理するのではなく、私達が社会を管理する。そして、この私達であるが、必要以上のしみったれた自己規制に囚われず、自由奔放でありたい。
大杉栄の様に、紊乱をもって進み、紊乱をもって途絶えたいと願うものであります。

(おわり)
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これにて最終 (絶倫の27) [性欲絶倫シリーズ(男・女)]

絶倫シリーズを書き出して、かれこれ1ヶ月が経つ。
自分でも『よくもまあ~』と呆れている。

何事も、始めるのは簡単だが終わるのは難しい。
上手くまとめて終わりにするのが本来であろうが、
それも難しいから、できれば潮が引く様な感じで、ゆるやかに閉じたい。

性に拘らず個人の歓びについては、概ね、抑圧の歴史であったと私は思う。
社会、それは国家の様な大きなものから小グループに至るまで、それなりの秩序が必要とされ、個人の自由になる枠組みとは敵対する関係にある。

制度としての取り締まりや弾圧、更に既成概念としての抑圧は、性に対して取り分け強かった。
それは、性自体に内包するエネルギーの強さ、また人の性に対する渇望の大きさが、秩序の破壊に繋がる為である。

個人が何かを成し遂げんが為に、自らの意思で禁欲生活を強いるのは一向に構わないが、それを、強制する圧力には、私は断固として意義を唱えたい。
文化とよく言われるが、個人の個性が、それぞれに開花することを支援し、賞賛するのが、社会のあるべき姿だと私は考えている。極論すれば、性の絶倫を賛美し、賞賛する社会であって欲しいと願う訳だ。性の在り様は、庶民文化の深まりを象徴的に暗示していると私は考える。

もちろん、絶倫は、単にセックスに止まらず、理念の開放を意味する。
イメージの開放と人は簡単に言うが、私達のイメージは、既成概念にガチガチに縛られ、実のところは、身動きすら出来ない情況だ。

先日の日記に、「サルトルとボーボワールの様に」を書いたが、私も含めて最近の日本人の思考は、西欧哲学の影響を受け過ぎている様に感じる。
かと言って私は、日本人文化論と融合した思想を展開したい、との大それた思いもなければ、そんな実力も持ち合わせない。

ただ私は、江戸時代に見られる大らかで逞しい庶民の暮らし振りが好きだし、「粋」と「野暮」で峻別された「気風の良い生き方」に共感している。
もっと遡れば平安時代、歌を送り返歌次第で恋が成立した光源氏の世界は何とも優雅だ。源氏が歩いた後には、香しい残り香が漂ったと言う。
源氏と彼女との関係は、通婚。この千年もの昔の「通婚」制度は、今でも新鮮だ。

と、書いていると、またぞろ続きそうになる。
でも、これにて打ち止め。

皆様、長々とありがとうございました。

みんな、ホッとしたやろ。(爆)
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七夕によせて (絶倫の26) [性欲絶倫シリーズ(男・女)]

一年に一夜だけ
もしも雨なら それは翌年に延期される

「待ち侘びる」について、今夜は少し書いてみる。

私は、あまり待つ事が好きではない。
いや、好きではないと思っていたが、[どうも、そうじゃない。]ことに気が付いた。

我が家には犬が2匹と猫が2匹いる。
猫は人がいなくても、犬ほどには寂しがらない。

犬の名前は、シービーとジャム。
特にシービーが寂しがり屋で、細君が出掛けたりすれば、もう大変。
まるで今生の別れの如くに鳴き喚く。

これまでは専業主婦だったから良かったものの、最近、友達に頼まれて仕事に出るコトになった。
だからシービーは、朝から夕方までお留守番。
私は、午前中、家に居ることが多いのだが、シービーには何の慰めにもならない。
細君で無いと駄目らしい。

細君は勝手口から出て、勝手口へと帰ってくるものだから、最近のシービーの居場所は決まって勝手口。

そんなシービーを、最初は『可哀そうに…』思っていた私であったが、どうも、『そうではないんだ』と思うに至った。

もちろん、シービーに聞いた訳ではないが、こう思う。

【帰りを待って居る】8時間は、一人ぼっちの8時間ではなくて、もうすぐ帰ってくると思っている8時間なのである。

だから、シービーの脳内イメージは、

 やがて車がガレージに入り、 車のドアーが開く。
 足音が近付き、勝手口のドアーが開いて「ただいま~」

この約束事に対して、シービーはシービーなりの「待つと言う約束」を果たしているのだ、と私は気が付いたのである。

続いて、『忠犬ハチ公の場合は、どうなんだろう?』だが、
ハチ公の場合は、主人は亡くなっているから、帰って来ない。
それでも、渋谷駅に決まった時間になると、迎えに行った。
ハチ公の脳内イメージは、こうであろう。

 列車が到着して、主人が降りて来る
 昔の様に、ワンワンと近付く自分と、ヨシヨシとの主人の掌。

主人が死んでしまった後でも、待っている限りにおいて、ハチ公には、この主人との暗黙の約束事が生きているのだ。

こんな風に思う様になってから、私はシービーが可哀そうだと思わずに済んだ。

うーん、
犬って、人間みたいに観念的だね。

イメージさえ豊かなら、たぶん幸せなんだろう、と思う。

絶倫とは想いの深さであり、それが何事よりも優先する。
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絶倫脳にティータイム (絶倫の25) [性欲絶倫シリーズ(男・女)]

近頃、寝具業界では睡眠と寝具の関係についての研究が進んでいる。
<Img src="http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/134.gif" Align="left" Hspace="20" Vspace="20">この図であるが、テキストに使われ、如何に脳が疲れているかを示すものだ。

例えば、私をモデルにすると、体重が60kgだから脳はその2%で、1.2kg。筋肉は、体重の50%だから、30kg。残りは骨とか内臓である。

この図は、脳のエネルギー消費量は、筋肉全部の消費量と同じであると教えています。脳と体重の重量差は25倍だから、脳は25倍疲れていると言えましょう。

『へぇー?』と思われるかも知れないが、例えば車を運転している時にも、脳はあらゆる情報をつぶさに処理して、ハンドルを持つ手と、アクセルとブレーキを踏む足へと情報伝達している。日記を書いてても、読んでても、また寝転がってテレビを見ていても、脳は休む暇がない。

このテキストの教える意味は、脳こそが絶倫であり、脳のメンテナンスは睡眠であるが故に、お布団に関心を持ちましょう!! なのである。

さて残念な事に、このデーターではセックスのエネルギー消費量は分からない。本によると、男の場合、両手に水一杯のバケツをもって100mを全力疾走とあるが、要する時間によって違ってくる。
俗説では、男女の寿命差はセックス時の疲労差だと言われていたが、どうも、これは間違いだったらしい。

余談であるが、つい2日程前に、先日、日記に書いた絶倫男にまたまた出会い、ふと、その絶倫振りが如何程のものかが気になり、聞いてみた。なんせ、バイアグラとイカン薬の併用だから、さぞかし!!と思ったからだ。

私「お前、どれくらいの時間、しとる?」
絶倫男「えっ? いつから、いつまでや?」
私「IN から OUT までや」
絶倫男「うーん、20分くらいかな。」
私「えっ? たった20分。 そんなんでは絶倫男の名がすたるでぇー。」
絶倫男「えっ?  足らんのけぇー? みんな、そんなもんやでぇー。」
と、愕然。

私「まあな、何もお前のせいや無い。この時代、教育が足りんだけや。」と、絶倫の43分について説明した。
絶倫男「そう言うけどな、20分でもヘロヘロになるんやど。43分もしたら、死んでしまうど。」
私「阿呆言うてぇー、死んでも良いと言うとったのは、お前やろう!!」
絶倫男「うーん、・・・」であった。
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サルトルとボーボワールの様に (絶倫の23) [性欲絶倫シリーズ(男・女)]

「サルトルとボーボワールの様に」は、若かりし私の憧れであった。

と、簡単に書き出したものの、説明もまとめ方も全く見当が付かない。
たぶん要領の得ない文章になると思うが、御免である。

さて、
1970年を挟んで、私は東京に7年暮らした。
当時は、経済成長真只中のエネルギーが日本中に満ち溢れていたが、それと同時に社会矛盾が大きく露呈し始めた時期でもある。
私の目に映った東京は、希望と挫折のゴッタ煮鍋で、学生も一端の料理人気取りで、それなりに必死だった。

東京もそうなら、私自身もそうだった。
自分の幸せだけを求めるには知恵が付き過ぎ、社会の矛盾を解決するには知恵が足りない。そんな中途半端に身を置いて、似合いもしない文学書や哲学書を手にした。
思えば、サルトル、カミュ、カフカetcは、当時の学生には星の様な指標だった。
私はサルトル全集を一冊、また一冊と買い足しては読み耽ったが、理解の程は怪しい。

誰しもに見られることだが、思春期の男女は少々理屈っぽくなり勝ちだ。
私も例に漏れなかった。だから、単に「好き」とか「抱きたい」では自分を納得させられない。
そこに来て、恋愛よりは社会の矛盾や自己矛盾の解決の方が優先だったから、共に悩んだり、考えたりの同志の様な存在でなければ、相手の存在自体が新たな矛盾を生む恐れがあった。

と、まあ~こんな訳で、
<Img src="http://www.retela.net/chatla/rekishi/images/Satrte-beauvoir.jpg" Align="left" Hspace="20" Vspace="20">「サルトル(1905-1980)とボーボワール(1908-1986)の様に」は、私の憧れであった。

ボーボワール「結婚はふたりが望めば自由に解消され、母となるのもまた自由である。結婚しているかどうかにかかわらず、どのような母子にも平等な権利が与えられる」とあるが、恋愛も結婚も社会の在り様や既成概念に決して無縁ではない。
ボーボワールは自由な解消を述べているが、結婚するにも未だ未だ社会の障害が残っている。江戸時代の心中モノでも、身分制度の為に添い遂げられない無念を止む無く心中で晴らしたストーリーが多いこと等、個人の自由は社会とその社会を支えるところの既成概念によって規制されている。

二人は男女と言うよりは寧ろ同志みたいな関係に思えた。
結婚と言う概念には囚われず、生涯2人は入籍しなかった。

(下へ続く)
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サルトルとボーボワールの様に (絶倫の24) [性欲絶倫シリーズ(男・女)]

(23からの続き)

恋愛は自由な個人の関係だから、何も国家に結婚を認めて貰う必要も無い。それぞれの自由意志を優先するのだから、お互いの束縛も許されない。だから、互いに違う相手と恋愛をしたり、更にはサルトル以外の男性(ボーボワールの彼氏でありサルトルの友達)と一緒に3人で暮らしたり、もあったらしい。

自由をここまで追求すれば、男女間の関係は殆ど格闘技だ。

それでも二人はパートナーとして生涯を添い遂げ、今もモンパルナスの共同の墓に眠っている。結婚もしていない男女が同じ墓に入るのはフランスでも異例の事態であったらしく、2人は死んでもなお既成概念と戦い続けた。

何事に対しても徹底した2人の姿勢に、
「そうだ、俺も結婚しないでおこう。」と、若い私は簡単に影響された。

そんな私の関係であるが、東京での同棲は何の問題もなかった。
ところが、田舎に帰れば、そうは簡単ではない。
「親の手前、籍でも入れてやろうか。」と、しょうがなしに私が折れたのに、ナント、この結婚自体に反対された。

親父「結婚と言うのは、お前一人の問題じゃない。」
私「そんなら、他にどんな問題があるんや?」
親父「家と家の問題や!!」
親父は、社会の既成概念ソノモノであった。

何を言おうと納得しない親父に対して、
最後に私は「親父は、俺の母親と離婚したよな。
女を見る目やが、親父よりは俺の方があると思うで。」
と、なんとも筋の通らん理屈で捻じ伏せた。

もちろん親父の言わんとする意味を知らない私ではない。
しかし、こと私の問題に対しては、例え親でも指図は受けたくない。
入籍しないコトにエネルギーを費やす筈が、意に反して入籍するコトにエネルギーを使うなんて、思いもしなかった。

私は哲学の何たるかを教えられた気がする。
唐突な表現だが

「哲学は人に腹痛をも引き起こす
 しかし医者もいなければ薬もない
 一旦患者になれば 自己とも社会とも戦い続ける他に道はない

 人は自由と言う名の十字架背負っている と言われるが
 人が自由であり続けるには セックスの何百倍もの絶倫さが要求される

 観念の自由は既成概念との戦いでもある
 それらは観念に止まらず行動をも規制する
 観念と行動にこそ絶倫でありたい」

と、若い頃の私は 思っていた。
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姉弟(あねおとうと)制度 (絶倫の21) [性欲絶倫シリーズ(男・女)]

高橋和己さんの書物「邪宗門」に姉弟制度が紹介されていた。
氏は私が学生の頃に癌で亡くなられたが、当時の学生に人気があった。

タイトルの邪宗門からも分かる様に、主人公の若者はとある宗教団体に属している。
聡明で美人な少し年上の女性が、主人公であるところの若者の姉役を務めた。
二人は血の繋がった実の兄弟ではないが、制度として「姉弟(あねおとうと)」の関係を結んでいる訳だ。二人は互いに好意を抱き、性交渉もある。若者が成長し他の女性と結婚する時、二人の関係は終わる。
姉役の女性は若者を育て、若者はいずれ姉を卒業する。
互いに慈しみ、異性の何たるかを知り、育てる側も育てられる側も、ともに成長する。
この関係に、学生の私は憧れたものだ。

妄想逞しい私は、姉弟制度の他にも色々と思い付く。
若者向けには姉弟制度の他にも叔母甥制度とか、おばちゃん若者制度が思い付くし、また娘向けには、期待を込めて兄妹制度やおじちゃん娘制度などが考え付く。こうした性の関係は、数ある人間関係の中でも、全てを許し合う深い関係である。

健全に人格が形成されるには、健全な人間関係が不可欠な要素である。
家族から始まり、親戚付き合いや近所の知り合い、学校へ行く様になると同年齢の友達、先輩後輩など、人格形成には重要な役割を果たす。
しかし戦後の日本は、年を追う毎に人間関係が希薄になって来ていると思われる。交通手段や情報伝達が発達し、生活が豊かになったとされているのに、である。
日本の自殺者は9年連続3万人を越え、性の分野では、30代40代男性の童貞率は増加の一途を辿っている。一見、無関係かとも思われる両者だが、これ程に人が孤立し、疎外感を感じている時代の証だと私は思う。

私の子どもの頃は、未だ地域社会が健全に機能していた。世代を超えた繋がりが密接で、地域全体で子育てがあった。大人は地域の子どもの面倒を良く見たものだ。
実際の母子でなくても「母子制度」「父子制度」みたいな関係が日常に存在した。
もちろん「これから母子制度を始めます」などと一々宣言しないが、近所のおばちゃんが、近くの子どもを我が子の様に思って育てた例は沢山ある。
私自身も幼児期の長い間、近所に住んで居られた平岩の叔母さんに大層可愛がって頂いた。

(下へ続く)
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絶倫は文化である (絶倫の22) [性欲絶倫シリーズ(男・女)]

(21からの続き)

「平岩さんのお陰で人の優しさを信じられる人間になれた」と言っても過言ではない。貧しくても優しさに満ちた人達が沢山存在した。
最近、地域社会の教育力は低下の一途である。青少年の非行の大きな一因だろうと懸念している。

少し話が横道にそれたので本題に戻す。
以前に述べたが、江戸時代は、街の教育力は性の教育までも及んだ。
「えっ! 性の関係までも?」と、軽蔑しないで欲しい。

例えば、漫画の「はぐれ雲」みたいな旦那が、「よっ、ねえちゃん、あちきと遊ばない?」と気軽に声を掛ける。十軒長屋の熊さんも、旦那に負けじ、と声を掛ける。
女房連中だって負けてはいない。マツジュンやキムタクみたいな男前の若者は、「私が男に育て上げる」と取り合いになる。

若者や娘は、手馴れた旦那や女房から懇切丁寧に教えられる。
もちろん、嫌がる娘を無理やりに、なんてことは無い。
「そんな野暮はしなさんな」と、「粋」と「野暮」の文化があった。
極悪非道な悪人も居ただろうが、「人でなし」と軽蔑された。

現在の様に、性が隠微なるままに閉じ込められた社会では、良からぬ妄想が暴走し、性犯罪が絶えないどころか、健全な男女の付き合いに支障すら生じている。
早熟な男子は中学生や高校生の頃から興味本位で女生徒の性を弄ぶ。彼等は、セックスの意味も仕方も知らずに同級生の処女を相手に乱暴する。また逆に、晩生の男子は、卑猥、猥褻なる言語に怯えてしまい、童貞のまま30歳、40歳を迎え、満足に女性と向き合えない。

健全な性教育があってはじめて男の子が立派な一人前の男になり、女の子も娘になる。
何一つ知らない童貞と処女がするソレは、とてもセックスとは思えない。興味本位の童貞君が悪戯に処女を蹂躙するのは、殆ど罪と言っても過言ではなかろう。

時を経る毎に、人の暮らしは豊かになって然るべしと私は思う。
この暮らしであるが、喰って、住んで、寝て、群れて、働いて、遊んで、スル。
これ等には、そんなに金は必要でない。如何に大飯喰らいだとしても丼十杯が関の山。
絶倫は、金の様に何百億円と溜め込めない。
よしんば、一晩に何人も抱くとしたら、それは拷問にも等しい野暮な話。

人が孤立し、童貞と犯罪が増え、ポテンツが落ちるのが情けない。

絶倫とは、命の輝きだと私は思う。
絶倫は、自分自身も人をも幸せにする粋な文化だ。
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