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物忘れ?

昨夜の10時過ぎ、携帯電話が鳴った。

普通、相手が誰と表示されるが、しかし着信は番号のみで、それも携帯電話。

『うん・・・?』と、思うも受信。
私「はい、もしもし」

相手「辻さんですか?」
私「はい、そうですが。」
(なんだ、男かぁ~)と、一瞬思う。
 それは、がっかりなのか、安心なのかは、自分でもわからない。

相手「僕や!!  ○○や!!」
 
(少し早口だったから、○○が誰かが、判らない)

そこで私「えっ?」と、もう一度聞きなおす。

(話し振りからして、どうも悪戯電話ではなさそう。)

更に相手が話し、その内容から「・・・、財布を預かっている。」との言葉を確認。

相手「今、財布、持っているか?」
(なんや? いきなり・・・)と思うも、
私「いやー、カバンは会社に置いたままやから、見ていないんやけど。、」

そして、続く話しの中に[パチンコ屋」なる単語を聞き取り、ようやく相手がS君であることが、分かった。

どうも私、パチンコ屋に財布を置き忘れて帰ったらしい。
それを、客であるS君夫婦が見つけて、預かって呉れているらしい。、

【しかし、財布をパチンコ屋に忘れて帰るなんて!!】であるが、実は3度目。

以前の二度は翌日気が付いて、パチンコ屋へ聞きに行ったところ、店員が預かって居て呉れ、今回は、S君夫婦が預かって呉れた。

S君「今夜は、もう遅いから、明日、店に届けておくわ。」とのこと。
私「どうも、ありがとう」

「ところで、どうして僕の携帯番号がわかったん?」と聞けば、
「そんなん、情報網がいっぱいあるから、直ぐ調べられるやん。」とのこと。。

『うん? 果たして三度か?』と思い起こせば、『いやいや、もう一度!!あった。』
それも最近の事で、その時は、財布を置き忘れて帰ろうとした私を、隣りのおっちゃんが追い駆けて呉れて、「おい!!財布!!財布!!」。

財布を置き忘れて帰る時は、いつも負け試合。
パチンコ台の前に空の箱が置いてあるのだが、そこに財布を置いて!!が置き忘れのもとらしい。
どちらも黒色だから、見分けが付き難い。

『うーーーん。、ひょっして歳かも知れん。、気をつけなくては!!』である。
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プロ野球 セントラルリーグの開幕

「おっ!!  今夜から!!」と言うか、
「いよいよかぁー。 それにしても長かったなぁ~」と言った感じか、

ともあれ、
待ちに待ったセントラルのペナントレースが開幕する。

只今は午後4時だから、あと2時間でプレイボール。
なんとも、嬉しい。
勿論、タイガースに勝って欲しいが、今は、ただプレーを見るだけで嬉しい。

私にとっての野球は、その日が忙しくても、試合経過を携帯で調べたり、深夜のニュースをワクワクしたりと、リズムとかメリハリみたいに一日を彩ってくれる。

とは、今の時点では、そうなんだが、もう少しすれば、トラキチ魂が高じてエキサイトしてしまう。

タイガースが勝てば機嫌が良いし、負ければ不機嫌になる。

まあー、これも欲の一種か。、



そうそう、リンパの腫れだが、どうも唾液線が詰った結果らしい。
それでも、もう腫れが引いて、コブも殆ど判らなくなった。

腫れが酷い時に、友人の歯医者から口腔外科への紹介状を書いて貰ったのだが、こうなると、病院へ行きたくない。
そこで「もう、腫れが引いたから、行かなくても良いやろう。」と電話したところ、「あかん!! 行って手術をしろ」の返事。、

『うーん。、』である。
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リンパ節が腫れた

この3日間、扁桃腺痛に悩まれ、おまけにトラブルが重なり、怒りっ放し。
怒られる方も大変だろうが、怒る方はもっと疲れる。

昨夜、その疲れが、顎の下にキュルキュルッと噴出して、梅干大の瘤になった。

痛ッ!!

『コレ、、なんなん・・・?』と、身体の異変にびっくり。
『ひょっとして俺は、精神的苦痛よりは肉体的苦痛に弱いかも?』なんて思ったり。、

扁桃腺が皮膚の外に腫れるものではないし、今回は歯痛でもない。患部は額リンパ節の辺りだから、リンパの腫れだろうか。

『まぁー、医者へ行くべし』だわ。

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話は飛ぶが、この男前は、直彦のGSのアダルト男優君(私が勝手に名付けただけ)である。

どうしてアダルト男優と呼ぶかと言えば、彼はすこぶる精力絶倫であり、身長は182cmで、鍛えられた肉体はヘラクレスの如くに力強く、更に定期的に日焼けサロンに通っているから、いつも黒光り。ヘヤーも金髪なら、金色のコンタクトまで用意している。

彼の鍛錬振りであるが、ミケランジェロが彫刻で成した様に、彼の場合は、彼の肉体こそが作品である、と思えるほどに余念がない。

さて、この写真は、彼をモデルにして、今年のジャケットのサンプルチェックだ。
3度目のサンプルだが、素材と色が同じだから、未だ昨年と変わり映えがしない。

ジャケットのユーザーは、工事関係の方だから、やっぱり売りは「男」だろう。昨年は、アフター5にも使えるようにと、オシャレ感も加味した。
男=光った黒  軽くて温かい 襟のボア ステッチ

今年のテーマ? オリンピックイヤーだから、スポーティさ。 

『うーん、やっぱり襟は、もう少し変更しないと!!』と私が言えば、

<Img Src="http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/170.jpg">

「こんな風なライダー襟はどう?」
と、彼の対応は素早い。
私が携帯のカメラを構えると、なんと彼は瞬時にポーズが取れる。

直彦「怖わー!! 一瞬で顔が作れるやん。」
私「ほんまやー!! お前、モデルになったらどうや。」
彼「実は、少し始めているんです。」

私も負けじとポーズをとってみたのだが、出来栄えは『うーーん。、』であった。
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先週のトピックス (その1)

先週もちょっとした事件は、幾つかあった。

一つは、右眉毛の右側から額にかけてコブを作った事。
ほんと、顔に瘤なんて、生まれて初めてかも知れない。

まあー、もともと私はセッカチだから、もっとあっても不思議ではないが、時は先週の前半で、場所はパチンコ屋さん。

「さぁー、勝負勝負!!」と、大きな一枚ガラスの引き戸をグイッと引いて勢い良く飛び込んだ筈が、ガンと音がして、グアァーーンと激痛が走り、目の前が真っ暗。倒れてしまうかと思われる痛さであったが、辛うじて踏ん張り、立ちすくむ。
入れ違いに出ようとした客のオバサンは『なんなん? この人!!』と、怪訝な顔でみるから、なんとも恰好悪く、我慢して3歩ほど進んで、また立ちすくんだ。

『こんな日は、もうー帰ろうか・・・?』と思うも、『ひょっとして、大当たりの前触れかも?』と、めげずにパチンコして撃沈。しかし撃沈したものの、この大当たりの前触れは、週末に実った。
このコブは、引いたものの、一週間近く経った今でも、触れば未だ痛い。

次は、東京出張のタクシー内。
虎ノ門のオークラから神田へ。
昨年から禁煙と表示されたタクシーだが、私は性懲りも無く、「煙草は吸えるか?」と、聞いてみる。
殆ど、「すみませんねー、駄目なんですよ」の返事が普通なのだが、『しかし、駄目で元々。、』と、一応はチャレンジしてみる。

ところが、なんと!!。、
「いいですよー」と、缶コーヒーの空き缶を手渡され、都合3本ほど喫煙。
この運転手さんは、もう60歳半ばで、私と同様に良く喋る。私との違いは、彼の場合は江戸弁だから、なんとも歯切れが良い。

「イケネーよな、税金を掛けて置きながら、一々文句を付けてちゃよぉ~。
自分達は、碌な事もしていない癖して。」から始まって、「だいたい、与党も野党も、国会では出来合いの芝居しているんだよ。本気で戦ってなんかいないよ。だから、我々なんぞは、もっとアンチを表明しなくっちゃ。」と、鋭い。

話題を変えて、「運転手さんは芝居をしないの?」と聞けば、「してるよー!!夫婦なんて芝居をしなくっちゃ、持たないよ。」と来た。
私「へぇー、彼女でも居るの?」と聞けば、なんと40歳も年下の彼女が居て、その為にバイ○グラも用意してるとか、まあー、盛り上がった。
煙草も酒を酌み交わすみたいな効用があるやも知れん。

(下へ続く)
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先週のトピックス (その2)

(上からの続き)

最後に、新幹線内に置かれた雑誌のエッセイ。
米国のサブプライムローンについて書かれたものだが、その切り口が【自由と規律】で、10の自由に1の規律の必要性を説かれていた。
10に対して1なら、誰でも持っていると思い勝ちだが、人の理解を突き詰めれば、どうもそれが大そう難しいらしい。

もう少し彼の文章を引用すると、【人と言う生き物は99.99%を自分が可愛いと思っていて、残りの0.01%も自分が可愛い。】だから、彼は自由主義社会の方を社会主義や共産主義社会より支持されているのだが、しかし、究極の自由を求めるならば、10:1の割合で規律がなければ自由が破綻する、と纏められている。

サブプライムローン問題も狭い専門的なジャンルから解くのではなく、人の本質から迫れば、判りやい。

参照 * 池田潔『自由と規律』(岩波新書)
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更に、うどん (その3)

美味しいものは金さえ出せば食べられると云うのは、大間違い。
店が頑張れば良いと云うものでもなくて、客サイドも、それなりの努力が不可欠だと私は考える。

美味ければ「美味い!!ご馳走さん」と言い、不味ければ「不味い」と言うのだ。それだけても随分と違う。
食事も、読書をしたり落語を聞いたりと同様に、受け手にもそれなりの素養や頑張りが要求される共同作業だ。

最近の外食産業であるが、ファミレス等のチェーン店ばかりが目立つ。
まあー、ビジネスと云えばビジネスなんだろうが、私は全くのところ、美味しいとは思わない。冷凍モノをレンジでチン、であるとか、簡単なマニュアルでアルバイトが作る料理(?)を喰うくらいなら、コンビニのオニギリの方が未だまし、と決め込んでいる。

しかし、それらのチェーン店は、結構、繁盛している反面、私が美味しいと思っている店であるが、どういう訳か、客が少ない。
京都の「日本一美味しい天麩羅屋さん」もそうだし、「日本一の炒飯」の能登川の四川も、「釜茹」の讃岐屋さんも、やはり客が少ない。

しかし、美味しい店がなくなって困るのは、私たち受け手である。
食は、楽しみの一つであり、ひとつの文化だと私は思う。グルメの時代といわれるものの、超高級店だけでは、あまりに淋しい。そこそこの安価で、しかも美味しくて個性的な食事にありつこうとするなら、そうした店を育てるのも受け手の仕事だ。
少しオーバーな表現になるが、食の文化を育てるのは、実は客なのだ。

さて、20年以上も通っている「うどん屋」なのに、これまで私は釜茹以外は滅多に食べない。
それが、今回の息子君の挑戦以来、昨日は、温かいオロシうどんと、普通のうどんを食べ出した。

そこで、今日の息子君との会話で、幾つかの問題点が浮かび上がった。

その1つは、親父との軋轢で、これがなかなか難しいみたい。
息子君「僕だけが店に居る時は問題がないのですが、親父が店に居る時は難しいのです。親父はやっぱり二度茹やから。
そろそろ父とも、方針を話し合わなければと、思ってるんです。」
茹で方一つとってみても、二度茹と一から茹でるのでは、全く方法がちがう。

(下へ続く)
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更に、うどん (その4)

(上からの続き)

何処もそうなのだが、親父の方は、これまでずっと続けてきたやり方を否定されているみたいで、当然、気分が良い筈がない。息子の方も、説得するにも、そこまでの自信は未だない。
友人の歯医者もやっぱり同じ悩みがあって、随分と揉めていたものだが、まあー、それは産みの苦しみみたいなもの。私みたいに、絶対に親の言うコトは聞かないみたいな親不孝者ばかりじゃない。

他にも、色々と課題がある。

2、水の問題

香川県の場合、うどんの茹で上がる時間は「7分」だが、滋賀県の場合は、10分以上掛かる。これは水質の違いから来るらしいから、軟水器を買えば、時間を短縮できる。

息子「でも、軟水器は10万円以上するんですよ。今の状態では、買って欲しいとはとても言えないのです。」
私『うーん、10万円を儲けて貰うとしたら・・・、これは、かなりココに通わんとあかんなぁ。、』

3、生地の保管庫

うどんの生地を寝かすことによって、モチモチ感が増すのだが、これは小麦粉の中のグルチンの活性度によるものである。温度、湿度の影響が大きくて、季節に左右される。しかし保管庫を買えば季節に左右されず、いつでも最適な環境で寝かせられる。

息子「保管庫は、とっても高価なんですよ。未だ、とっても買えません。」

4、塩

息子「辻さん、このバケツを今日、買って来たんです。」
私「バケツなら安いから、直ぐでも買えるわな」
息子「塩水を入れるバケツなんですが、ちょっと天然塩の良いのを見つけたもので、試してみたいのです。」
私「慶良間諸島の塩は、美味しいらしいよ。」

と、まあー、こんな具合で、この一週間の成長振りは頼もしい。
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うどん (その1)

私はうどんが好きである。

立ち食いうどんでもそれなりに好きだが、やっぱり美味いうどんを食べたい。
私は「うどん屋」ではないから美味いうどんを作れはしないが、それでも美味い不味いについては少々うるさい。

うどんは出来具合は、麺の打ち、茹で、出汁、それと天麩羅やアゲと云った具材で決まる。

(1)麺に付いては、やっぱり手打ちに限る。
それも、できるだけ打ちたてが良い。手打ちでも、翌日に持ち越すなどは持っての他だ。
材料のお粉は、オーストラリア産が品質の点で安定しているらしいが、出来る事なら国産に拘って欲しい。

(2)茹では、茹でたてが美味い。
つきたての餅、炊き立てのご飯が美味いのと同じ理屈だ。
普通は、時間を節約する為に、一度茹でたうどんを、出す前に二度茹でされている。これだと、どうしてもふやけてしまう。

(3)出汁と具材ら付いては、残念ながら私の場合、然程の見識を持ち合わせていないので、ここでは触れない。

さて、どうして突然「うどん」の話かと言うと、3日に一度は通っている「うどん屋」(愛知川町の讃岐屋さん)に後継者が居る。

うどん屋の親父は私より年上で、讃岐で修行され、この地で30年近く「うどん屋」を営んでいる。親父の腕は、それなりに良いものの、歳もあって向上心に欠ける。その息子は、修行を4年、帰って4年で、現在30歳。

私は親戚でも友人でもなく、単なる只の客なのであるが、美味いうどんが喰いたいばっかりに、色々と節介を焼いている。
同じ喰うなら、やっぱり、根性の入ったうどんが喰いたい。
30歳の息子が美味いうどんを作ったら、私としては一生美味いうどんにありつける訳だ。

最近、嬉しいのは、この息子が「ヤル気」を出して来た。
店に行く度に、あれこれ喋って来た甲斐が実って来たらしく、息子は先日も讃岐へ勉強に行ったとのこと。

最近、近くにうどん屋の大手チェーン店が出来て、彼も必死になって来た。

息子「辻さん。うちのうどんは美味しいですか?」
私「あぁー、美味いよ。」
息子「それなら、どうして流行らないのですかね。他所はあんなに流行っているのに。」
私「そやなー。もっともっと美味いうどんを作ることや。やっぱり根性を入れんとあかん。こだわりや。
そのこだわりを、お客さんに説明せんとあかん。」

(下へ続く)
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うどん (その2)

(上からの続き)

私が讃岐屋で食べるのは、釜天(天麩羅の釜茹うどん)である。
手打ちのうどんを、そのまんま茹でる。二度茹でではないから、美味い。

2年ほど前に、「釜茹以外のうどんも、茹で立てで出来ないか?」と聞いたことがある。
その時は、「それは無理です。お客さんに待ってもらえない。」との返事であったが、一週間前に、「辻さん。まだ試しなんですが、茹で立てで他のうどんも作ってみようかと思うんですが、食べて貰えますか?少し時間が掛かりますが。」と聞かれた。

私は当然、「おう!! 食べるわ!!」である。
その日は、梅干うどんを食べたが、これが大そう美味い。
「美味いぞ!! 麺に腰があるし、何より出汁が濁らないから、出汁まで美味い。」

翌日も梅干うどんを食べ、一昨日は天麩羅うどんにしたのだが、やっぱり美味い。
「時間が掛かると言っても、せいぜい10分も待てば済むやから、客もそれだけの我慢は必要や。
でも、理由も分からんで、ただ遅いだけでは客は納得せん。」

と、言うコトで、私も一肌脱いで見ることにした。

「机に、お前の拘りを文章にせなあかん。根性は、顔だけでは伝わり難い。」
と言うコトで、私が思いついたのは、

<font size=5 color=blue>うどん一杯勝負 根性が入ってます!!</font>
ただし、10分ばかり大目に時間を下さい。茹で立てのうどんを、そのまんまお召し上がり頂けます。

息子「粉ですが、やっぱり国産にこだわろうか? と、思っているんですが、その年の出来栄えとか配合とか、色々と難しいみたいです。

うどん屋の息子との勉強は、まだまだ続く。
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PFI事業

いきなりであるが、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、PFI(Private Finance Initiative)とは、公共サービスの提供に際して公共施設が必要な場合に、従来のように公共が直接施設を整備せずに、民間資金を利用して民間に施設整備と公共サービスの提供をゆだねる手法である、とされている。簡単に言うなら、公共サービスのリースである。

2月28日の夜、「近江八幡市立総合医療センター(旧近江八幡市民病院)を考える会」の設立総会が開かれ、私も出向いた。

『どうして安土の人間が?』であるが、当センターの利用は、近江八幡市民の利用が半分で、残りの半分は安土をはじめ、東近江圏からの利用であり、また、救命救急センターとして、大津、栗東(済生会滋賀県病院)、長浜、に続いて4つ目の認定を受け、また「滋賀県地域周産期母子医療センター」でもある。

当センターは、前の川端市長のもとに、病院PFI事業としてスタートしたのだが、昨年冨士谷市長に変わった途端に「一大どんでん返し」してしまった。外部の専門家や有識者等で構成する近江八幡市立総合医療センターのあり方検討委員会が提言をとりまとめ、冨士谷市長に提出した結果であるが、この諮問委員会の予算付けが現市長による独断の随意契約であり、只今裁判にまで縺れ込んでいるらしい。

はやい話、どうも前市長と現市長の対立が生んだドタバタ劇と見受けられるものの、コトが東近江圏全体に及ぶ医療に関するものだけに、デマや中傷に脅されての判断では深刻な事態に陥る恐れがある。

『どうも近江八幡市立総合医療センターは大赤字らしい。このままでは潰れかねない。』との不安が浸透し、それが、どの程度信憑性があるのかも判らぬままに、急遽PFI事業を取りやめる方向で進められつつあるのが現状だろう。

今回、私が「近江八幡市立総合医療センターを考える会」に参加した理由は、その辺りの真意を見極めたいからでもあるが、もう1つには、近い将来、合併になるであろう近江八幡市で、今、何が起きているのかを観察し、その収拾のなされ様次第では、合併に関しての疑念も生じかねない。

公共事業には、残念ながら政治家の私欲が絡む場合もありえる。
しかし、それを許しているのは、住民である。
暫らく注視してみたい。
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