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創業祭 その3

創業祭が無事に終わった。
目標もクリアー出来て、みんなホッとしている。

それと、昨日の最終日。
嬉しいことに、浩ちゃんが来店。

整圧布団と枕を買って貰った。

サンキュウ ペリー マッチ なのだー。
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創業祭 その2

昨日は創業祭の初日。
どう言う訳か、8時に目覚めてしまった。

いつもなら、二度寝するところなのだが、
『そうやー、一度くらい、オープンに出てみようか!! 』と思い立ち、起きた。

これまで30年に渡っての創業祭であるが、【朝一】の出社なんて初めてのことだから、みんな驚いた。
これで雨だったら、何を言われるかと心配したものの、良い天気で一安心。

不景気風が吹いている昨今だが、なんとかまずまずの売上で、これまた良かった。

そして今日は2日目。

2日も続いて9時の出社では、みんなの不安を煽るだろうと(?)、いつも通り、ゆっくり出社。

まぁー、30年に1度の事は、そうそう続けてはいけないのだ。
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創業祭

いよいよ明日から、ワタセ恒例の大創業祭だ。

心配していた天気も、大丈夫。
『うん、やはり日頃の精進が良いからなぁ~』である。

おまけに、一週間以上も苦しんだ歯痛も治まり掛け、言うことなし。
少しばかり、世界を覆っている不景気風が気になるが、そんな時こそ、元気なイベントで吹き飛ばさねば!! だ。

創業祭では、工場も売り場にして、頑張るのだ。
(この、「のだ」(のら?)は、マコトちゃん風で、warabiの日記からのパクリ。)

今日は準備日で、メーカーさんや問屋さんにもお手伝いして貰い、大賑わい。

うん、がんばるのだー!!
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その後のAV君。

先週、峠を越したかに見えた歯痛だが、なんと、もう一つ峠があって、今回は結構と苦しんだ。
しか、それもようやく治まりつつあり、久々の日記である。

さて、昨日、直彦のスタンドへ行き、AV君のその後を聞く。
あれから2回ほど聞いた時は、「未だ、なんですよー。」であったが、今回は、そろそろ「ゲット!」の声が聞けるかと思いきや、「いやー、ホント、苦戦していますぅー」とのこと。どうも、市場は堅いらしい。

そこで、私。
「お前、ストライク・ゾーンが狭いのと違うんか?
 あんまり選ってばっかりでは、余計に難しくなるぞ。」と言えば、
AV君
「はい、僕もそう思って、最近、ゾーンを広げているんですがねー、それでも駄目なんです。」

何が原因なのか、私なりに考え、
「お前、原因は、ひょっとして年齢とちゃうか?」
AV君は、うーんと考え、
「いやー、僕も頑張れば、未だ20代の後半に見えると、思うんですが。」

私「そんなら、何が原因なんよ? 
 これまで彼女に苦労なんかしなかったお前が、急に日照りになるのは。
 努力が足らんのか?」
AV君「いえいえ、努力は、いつも怠っていなんですよ。待ってて、女が降って来るなんて、あり得ませんから。」

と、まあー、こんな調子で、
しかしながら、それでも尚、AV君は努力を惜しまない。

先日、直彦とAV君と私の三人で、蜘蛛の話をした。
私「蜘蛛は、良いよな~。じっとしてたら、虫が引っかかるんやから。」と言えば、
直彦「うん、蜘蛛が良い。」

すると、すかさずAV君
「いえ、蜘蛛だって努力してますよ。糸を出して罠を仕掛けているんですから。」
私「なるほど、普段から努力している奴の言うことは、言う事が違うねー。
直彦、お前は罠も仕掛けていないのやから、蜘蛛に失礼やぞ。
ひょっとして、直彦は、もう女がいらん、のかな?」と振れば、

直彦「いやいや、そんなことはありませんよ。僕だって欲しいですよ。」

私「それでも、なんの努力もしとらんやないか!」と、少し攻めれば、
直彦「僕は、もしも蜘蛛の巣があったら、喜んで飛び込みますよ!」との、意味不明の返答をしたが、これが、なかなか直彦らしい。

直彦に限らず、これは、多くの男女の心境と思える。
現代人は、どう言う訳か、忙しい毎日を送っている。

AV君の不断の努力を称えつつ、次回は、その辺を論じてみたい。
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久々の歯痛

昨日から痛み出した歯が、今日の昼から激痛に変わる。
歯と云っても私の場合は歯茎で、前歯の右犬歯の付け根あたりに炎症が起き、狭い中で膨張するものだから、顔が曲がるほどに痛い。

友人の歯医者に電話するも、出張。
看護師に「いつまで?」と聞けば、今週いっぱい。
「患者を放って出張とは、つくづくアカン奴やでぇ」と、文句を垂れる。

外せない仕事だけは顔を顰(しか)めながらも済まし、痛いながらも晩飯を飲み込み、何年か前の残った薬を飲み、日が変わりかけた頃、ようやく、峠を越し、今に至る。

痛みって不思議なもので、過ぎ去れば、なんとも甘い感覚に陥り、苦しんでいた魔の時間に郷愁すら覚えてしまう。
ずっと痛さの為に緊張していた筋肉が弛緩して、肩凝りまでもが治った感じがする。

ほんまに、『はふぅ・・・』である。

そんなだから、犬の散歩をして、只今、日記も書いてみようか!と会社へ来た。

さて、犬の散歩だが、
私が夜行性なら、我が家の犬君たちも夜行性。
彼等の習性は、飼い主に影響されるらしい。

昨夜も、深夜に散歩した。
それも2時から2時半の丑三つ時で、今夜は1時過ぎ。

散歩の道は、山沿いの田んぼ道。
舗装もされていない道が多くて、水たまりがあちこちに点在する。

人家もなければ、街灯ひとつない。
普通なら真っ暗闇の中を歩いているが、今夜の様な満月は、散歩には好都合。

普通の時間帯なら、時折、農作業の方や、犬の散歩の方と行き違うが、こんな時間だから、今まで誰一人として出会ったことがない。

想像力の逞しい私は、もちろん、色々と思う。

『ふふーん、ひょっとして、お化けでも出るかいなー。

もしも、同じように犬を散歩している人(?)が、向こうの暗闇から現れたりして・・・、

そうそう、
もしも男なら、下駄を履いた三つ目の大入道か、のっぺら坊主
うーん、
女ならば、牡丹灯籠の姫が、提灯を下げながら、ポックリ、ポックリ、・・・』

ひとつ、気になる場所があって、そこは、散歩の中程に通る山の裾だ。
そこは、3年前に我が家のネコ(ちょび)が、車に跳ねられて死んでしまい、亡骸を埋めた場所なのだが、いつも、そこを通る度に、ジャムが耳を立てて、勢いづく。

『ひょっとして、ちょびが手招きしているんか?』

などと、いつも期待しているものの、今夜も出会うことなく、無事に帰った。
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定点観測 (その1)

このところの株価の下がり具合は、どうも尋常でない。

「よたれそつね」よろしく、世だれぞ常ならむ、であるが、これだけ下がれば、流石に不安にもなる。
こんな時には、私は『どうなんだろう』と、友人の<A Href="http://www3.diary.ne.jp/user/325625">小鬼さんの日記</A>を読んでいる。

私の場合、株が下がったとしても株の売買をしている訳ではないから、損はしない。早い話、株を買う余裕の資金もなもなけれぱ、上手く運用して儲けたいとの気持ちもない。

株に付いては、小学校の頃、父が日立の株を私名義で買って呉れ、小学生ながらも、その日から毎日、新聞の株式欄に目を通したものだ。当時は、一株が200円で、千株買って20万円だったと記憶している。
中学校の頃も、高校生の頃も見ていたが、大学生になった頃、単に名義が私になっているだけで売り買いをさせてもらえない訳だから、急に興味がなくなり、それからは株式欄の「日立」に目を通さなくなった。その後の日立の株の行方は、今はもう謎のままに終わっている。

だから私の場合、相場の変動をみるだけで、それで金儲けをしたいとは未だに思わないままであるが、10年以上に渡って同じ銘柄をみていると、その変動振りに気付くだけでも、意義があったと思う。
まあー、日立は、私にとっての一種の定点観測みたいなもので、『げっ、150円にまで下がってしもうた。20万が15万だよ。』なんて、小学生ふぜいが口にするんだから。

経済は、人の暮らし振りと言えよう。
小鬼さんは、今日もロンドンで幾多の銘柄を変動を観測中で、これからの暮らし振りを予測している。
国際的な経済は、私の様な零細企業であっても、やはり影響は受ける。それは、テムズ川の水が琵琶湖の水と繋がっているのと同じ様に、だ。

影響としては、例えば、これから銀行の貸し渋りが必至だろうから、来週にも国会で可決される経済救済策に乗っかって、この際、有利な融資が受けられるのなら、乗っかろうか?!とか、滋賀銀行は、リーマン関係で幾ら損した?とか、また、消費が冷え込んでそうだから、今月末のチラシは、目玉商品をたくさん出そう!!、とか、少しは考えている訳。

(下へ続く)
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定点観測 (その2)

(上からの続き)

小鬼さんの定点観測がロンドン、チューリッヒ、ニューヨークのマーケットなら、
『私の定点観測って、何だろう?』と考えたところ、

「そうそう!! 直彦と、AV君と浩ちゃんやー!!」と思い当った。

経済が「人の暮らし振り」なら、AV君に彼女が見つかったか否かの行方は、「人の生き方」と位置付けられよう。

うーん、どっちも意義深い。 (笑)

えぇーっと、
AV君の彼女が見つかったかどうか? に付いては、あれ以来、きっちり定点観測している。

本当は、この間から、書こう書こうと思っていたのだが、他の話題に行ってしまい、
「今日こそは!!」と臨んだ筈が、また別の話題になってしまった。

近々、ご報告致しますので、ご期待あれ。
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私の王貞治を1000字にまとめると、

王貞治 
背番号 1
世界のホームラン王

プロ野球界において、王さんほど華々しい記録を打ち立てた選手はいないのであるが、私の中の王貞治は、いつも頑なな苦労人。
そんな、王監督が今日、ユニホームを脱がれた。

実は先日、テレビで王さんの引退会見を見た時、私は不覚にも目頭が熱くなった。10人中7人が泣いてしまうドラマを観ても、私は泣かない3人の部類なのに、である。

この会見であるが、学生時代に見た長嶋さんの引退セレモニーみたいな派手さは無く、また、これと言って感激的とか高揚するセリフなども一切なく、王さんは淡々と話していたのに、どういう訳か泣き出しそうになった。

思うに、王さん的な直向さ、誠実さ、実直さに、私の場合、どうも弱い。

本日の引退試合、ファンが遠方からはるばる仙台へと駆け付け、雨の球場を満席にした。
観客席には「王さん、ありがとう。」と感謝の声援を送るファンの姿があり、バッターボックスには、川崎が、小久保が、松中が、なんとしても王監督の最後の試合を勝ちたいと必死な姿も、あった。

試合結果は、その誰もがタイムリーを打つことなく負けてしまったが、そんなことはどうでもよくて、そうした姿に、唯々、私は感動した。

私の記憶の中の王さんの最初は、早実から投手として巨人に入団したものの、結果が残せなくて野手に転向された頃である。時々、ピンチヒッターに使われるも三振が多くて、「王、王、三振王」とやじられ、あの日も三振に終わり、寂しそうな後姿を今も思い出す。

その後、一本足打法が開花して、私の贔屓する阪神タイガースは手痛い目にあったものだが、フラミンゴ打法はいつも美しかった。
しかし、私の印象に強く残っているのは、ホークスの監督でなかなか勝てずに、「王さん、辞めて下さい。」の横断幕の中、グッと歯を噛みしめておられた姿である。

WBCでは見事優勝されたが、あの時も、予選で負けて悔しさを噛みしめて居られた姿が、印象深い。

「野球をやって来て、幸せでした。」と言われる王さんであるが、どう云う訳か私には、「いつも歯を食いしばり、苦労をしました。」と聞こえてしまう。
しかし、よくよく考えると、幸せって、ニコニコしながら人差し指と中指でピースマークを作るハッピーさ、ではなくって、物事に対して懸命に打ち込む姿勢の方にあるのかも知れない。

おっ! もう996字。
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愛煙家の黒鉄ヒロシさん

先程、NHKで禁煙に付いての[ガチンコ]を見た。
愛煙家と嫌煙家(?)が、それぞれ持ち時間30分で、公開討論をすると云う番組である。愛煙家代表は黒鉄ヒロシさんで、嫌煙家の名前は、憶える気もないから忘れてしまった。

嫌煙運動が、これだけヒステリックに叫ばれている昨今、『よくぞ黒鉄氏は頑張った!!』と、同じく愛煙家の私としては、黒鉄氏に親近感を抱いている。
俗な政治家なんぞは、「全面禁煙条例」なんぞを出したがる。ヒステリックな嫌煙家は大はしゃぎして、能力も無い癖に、人気だけは上がるからだ。

私の知っている黒鉄氏と云えば、大の巨人ファン。
もう何年も前のことだが、たしか、あの時は(も)巨人が優勝に絡んでた年だと思うが、氏は「こんな幸せな時間(プロ野球観戦の時間)が、ずっとずっと続いて欲しい』とエッセイに書かれていて、阪神ファンの私であるが、同じプロ野球ファンとして、大いに同感したものだ。

そんな黒鉄氏曰く「東京ドームに変わってから、(全面禁煙ですから、)僕は一度も行っていないのですよ。」更に、「もしも一箱1万円になったとしても、本数は減るでしょうが、僕は買いますね。」に、激しく同意。
もちろん、1万円になったら、僕の場合は流石に考えるが、しかし千円なら迷わず買う。

勿論、煙草の煙が嫌いと云う人の前では吸わない、と云うか、私の場合は、そう云う人には決して近寄らない。
もしも誰かが、「煙草を吸うなら、会ってやらない。」と私に言ったとしたら、「ああ、結構。」と即座に返す。それが、どんなに大切と思われる人であっても、である。
禁煙のレストランだって、その存在は、大いに結構だと思うものの、しかし、私は、その店の客にならない。

黒鉄氏は、番組の中で、文化を話していた。
「煙草の害を、恰(あたか)も錦の御旗の様に振りかざす世相が怖い」的な発言であるが、この先、【煙草狩り】に益々拍車が掛かる様では、なんとも嫌な社会だと思う。

愛煙家の多くはストレスが溜まっていない為、ヒステリックに自己主張しない性質みたいだが、少し声を上げた方が良さそうだと思い、日記に書いた。

だから、「そろそろ煙草を止めなさい。」なんて大きなお世話は、間違っても掲示板に書かないで下さい!!

「煙草を吸わない人」は、それはそれで大いに結構と思うが、こと嫌煙家に対して、あまり寛容にはなれない。
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嘘と本当 (その1)

夕方、パチンコ屋の駐車場から入口へと向かう。
ここの駐車場は路面と階上の両方が設けられ、階上駐車場口には、守衛のオジサンが立っている。

これから入ろうとする私であるが、もう帰ろうとする人もいる。
50代と思われるオバサンが、歩きながらも守衛のオジサンと会話を交わす。

「世の中、全てはお金よ!」と、大声で吐き捨てたものだから、つい、そちらに目が行った。
このオバサン、人差し指と親指でクルッと丸をつくりながら、である。

どうも常連客らしい。
よく聞き取れなかったが、守衛のオジサンは、「そんな風に言うなよ。」の様な返事。

この「世の中、全てはお金よ!」の台詞だが、なんともグロテスクである。
つい、私は、当のオバサンを観察してしまう。

『うーん、この顔からすると、どうも負けたらしい。
 それも、随分と負けてしまって、ゲッソリした感じすら、する。
 もっとも、
 例え勝ったとしても、それほど裕福になるとは思えないし・・・、
 うん、見たところ、服装も随分と、だらしない。
 サラ金苦と迄は行かないにしても、毎日、通っていたら、それも近いかもな。
 だから、彼女をして、「世の中、全てはお金よ!」と言わしめるのか。、
 ああーー、怖いことよなぁー。』と、瞬時に感じてしまった。

このオジサンの時間給はと云うと、せいぜい1時間900円程度。
パチンコの場合、一時間座っていると、1万数千円が消えてなくなる。

夕方に帰る客の多くは、開店当初からの客が多く、オバサンと言えども、「一日に8万円負けた。」なんて客がゴロゴロといるから、なんとも恐ろしい。

私の場合、中小企業と云えども、一応、社長であるが、それでも1万円も負ければ、早々に退散の用意をして、2万円以上も使う事は、殆ど無い。
パチンコと云うのは、偶に、1千円で10万円が稼げたりするから、ついつい気が大きくなって、パチンコ屋の罠に嵌ってしまう。要は、金銭感覚がなくなるのである。

と、ここまで読んだ読者は、
(1)「世の中、全てはお金よ!」
(2)「金銭感覚が麻痺する。」
では、「全く理屈が逆ではないか!!」と思われるだろうが、実は、そうではない。

通常の神経なら、「お金って、大事ね。」程度の事なのに、麻痺したばかりに、「世の中、全てはお金よ!」と、吐き捨てる始末になる。

(下へ続く)
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嘘と本当 (その2)


この言葉自体がグロテスクさを内蔵しているし、また実際に口にしていたオバサンの顔もいやらしく、おぞましかった。

昔、これに近い「憐れな話」を親父にしたことがあったが、その時、「憐れと云うよりは愚かなり。」との返事に、なるほどと思い、この言葉も同時に思い出した。

さて、これに類して今日は[嘘と本当]を取り上げてみたい。

この、「世の中、全てはお金よ!」は、嘘か本当かと云うと、本当に近い。
「世の中は、お金ではない。愛こそが全て。」と云う方が、嘘っぽい。

更には、「神様は存在する」は、結構、嘘っぽく、「神さんなんか、おらんぞ!!」の方が本当っぽい。

問題は、嘘を生きたいのか、本当を生きたいのか、になるのだが、「さて、どうする?」だ。

詭弁と思われるかも知れないが、
「本当と思われるモノは実は嘘っぽくて、嘘の中に本当があったりする。」と私は思うが、どうだろう。

「ホンモノとされるモノって、なんぞや?」
「本当に信じられるモノって、お前にあるのか?」って、私は学生時代に質問して友人を困らせた覚えがある。

人類は、【私って誰? ここは何処? 今、何時何分?】の単純な問題にさえ、未だに答えを見つけられないでいる。
だから「信じられるモノ」なんて聞かれて、答えられる筈がない。

困り果てた友人は、最後に「僕は、お母さんの愛情は、信じられる。」と答えた。
それを言われると辛いものがあって、「そうか。」とだけ答えるに止めたが、これも突っ込みようが満載である。

例えば、子供にも本当と嘘があって、「実の子」と「そうでない子」が存在する。
もしもそうなら、実の子じゃないからと継母は「そうでない子」を蔑ろにして良い、に正当性を与えてしまう。

「そうじゃないだろう!!」と私は思う。

嘘と云うのは、人間が作った虚構の世界で、表現は色々と出来ようが、「人が人らしくありたいとの願い」だと思う。
道端の石クレは、それだけで十分に石クレであるのと同様に、人の死体も、それだけで死体と確認できるが、生きている人は、そうは簡単ではない。
人間性であるとか、個性とか、愛とか、それらは全てが虚構であり、少し強く引っ張ればか弱く切れてしまう糸みたいなものだ。
だから人は、それを怖々ながらも愛しみ、大切に育て来た。

人の力は、如何に嘘を育て上げるか、にあると思うのだが、如何?
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