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鬼の目に涙 (その1)

実は、これまでずっとレコーダーが傷んでいて、録画出来ない状態だった。
それでもDVDだけは見たいからと、パチンコ屋で再生専用のレコーダーをゲットとして、専ら映画を見てきた。

ところが先日、テレビも故障してしまい、この際だからとレコーダーを購入し、ますますテレビっ子に陥っている。

一階の薄暗い部屋で独り(一階は私だけ)、しかも大音量で視聴するから、子供たちが家に居た昔には、私の部屋の丁度直ぐ上の息子から、「音が大き過ぎるしぃー。」といつも文句を言われたものだが、目出度く(?)家を出て以来、自由気侭にテレビ三昧の日々なのだ。
どれほどの音量なのかと云うと、以前に、麻衣子の彼氏が泊まった時などは、『うるさくて寝られなかった』らしいが、それでも遠慮して、文句を垂れなかったのは、感心だ。

長年の念願だった録画が出来るものだから、最近の私は録画に忙しい。おまけに操作が簡単だから、アレコレと何でもかんでも録画している。昔のドラマも、お昼に再放送していたりだから、今、嵌っているのは、阿部寛の「結婚できない男」。夏川結衣さんのシレッとした喋くりは、面白い。
深夜に独りで見ているから、ついつい「あっははー」とか「へっ」とか、笑い声までも大きく、『こんなところを誰ぞに聞かれたら、ホンマモノの阿呆やーなぁー』と思ってしまう程。

もともと人間は、人の中で生活しているから、それなりの緊張感を共にしているものだ。だから、相手の隙を見付けても、不用意に自分の隙は見せない。私などは、好んで隙を見せる性質であるが、しかし、それも計算付く。

ところが、独りでテレビを見ていると、全くの無警戒状態らしい。
涙が、それを気付かせた。いわゆる、鬼の目に涙、なのである。

ドラマでも、「泣かしてやろう!!」の場面では、私などの人種は、殆ど泣かない。
その私が泣いたりは、この2週間でナント2回も。、

一度は、NHKのキング牧師のシーン。
バスでの黒人差別に抗する為の乗車拒否運動。

キング牧師の心配を余所に黒人の全部が歩いた。
足の悪い黒人の老夫人も長い距離を歩いていて、
それを見かねた自家用車の方が、「どうぞ車に乗って下さい。」と申し出たところ、
「いえ、歩きます。私は、子どもたちや子孫の為に、こうして歩いているのですから。」と答えたとのこと。

思わぬ、この台詞で、私は泣いてしまった。

(続く)
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鬼の目に涙 (その2)

(上からの続き)

2度目は、[風のガーデン]。
お父さんに出会い、岳君は、大天使ガブリエラさんだと思った訳だが、二人の会話は、演技を含めて美しかった。

その会話の中で岳君は、急にピョコンとお辞儀して、「お父さんを宜しくお願いします。」

これにも私は、不意を突かれてしまい、思わず涙ぐんでしまった。、

「ははっー、 泣いて悪いか!!」
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やられ・た~ (その1)

麻衣子の「イカツイ霧」発言に続いて、今日は雄太の「やられたー」発言。

warabi曰く
【でも最近、若い人(笑)としゃべってると、表現の仕方に違和感あって「ん?」って思っちゃうときあります。
「全然かわいい!!」「普通においしい!!」「かなりヤバイ!!」「相当キテル!!」などなど、、、
すべて結構な褒め言葉だったりするんですよね~。
なんかビミョ~~(笑)ですが、言葉は生き物だからな~。進化や退化はやむを得ないのでしょうね~。】

であるが、私も時々、子どもたちの口から飛び出す言葉に「えっ?」と驚からせられる。

話は、飲み物の自販機前。
私が買うのは、大抵が「お茶」で、少し大きめの150円。

常々財布には50円玉を入れておく様に心掛けているものの、それを使い果たした時には、致し方なく100円玉を2枚入れる。
その後、購入ボタンを押し「お茶」が出るのだが、この時、私の耳はドギマギしながら自販機の音へと集中する。

「カシャッ」と音が1つなら、『ほっ』として、
「カチャ・カチャ・カチャ・カチャ・カチャ」と音が5つなら、ゲンナリなのだ。

他にもドギマギするのは、コンビニのレジ。
一円単位の値段が付いているから、下二桁が、○11円の場合、100円玉を出せば、50円玉1枚と10円玉4枚、更には、5円玉1枚と1円玉が4枚の〆て10枚の硬貨が帰って来る。
これが、111円で、100円玉を1枚しか持っていない場合は、千円札を出して、500円玉1枚と100円玉3枚の4枚が増えて、都合、14枚の硬貨が、小銭入れの中でジャラジャラしてしまう。

上記の場合、釣り銭は889円となり、文句を垂れ垂れ、シブシブながらも重い小銭入れを持ち歩いていたものだが、
『いやいや、ものは考えようと言うではないか!! これぞ、最強の布陣だ。』と、勇んで再度、コンビニで買い物をしたものの、○90円で、100円玉一枚を出して、10円玉一枚が帰っただけで、何も減らなかった。

最近、小銭とカードが一緒に入る「小銭入れ」を持ってはいるが、やはり小銭が多いのは、困る。
しかしながら、[一円を笑うモノは一円に泣く]の精神も大事にしたい気持ちもあるので、無下に小銭を厄介者扱いには、し難く、

「小銭は困るね~」
などとは、例え思っていても、なかなか、口にはできない。

(下へ続く)
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やられ・た~ (その2)

(上からの続き)

この辺の感覚を、娘の麻衣子は上手く察知して、高校生の頃には、「お父さん、小銭、ちょうだい。」と、ねだりに来たものである。

と、前置きが長くなったが、話を雄太に戻す。
雄太は、何年生かは知らないが、只今、大学生。

3か月ほど前に雄太が自販機で120円のコーラを買った時、「カチャ・カチャ・カチャ・・・・・・・・」と、なんと8枚の10玉が出てきた。

その場で雄太、「やられたー」と、鉄砲で撃たれたかの様なリアクション。

私は、この「やられたー」に少し感動を覚え、『ふーん、子どもでも小銭は嫌なんだ~』と密かに共感を覚えた。

以来、一度、この「やられたー」を、言ってみようと思ってはいるが、どう言う訳か、実行できないままに今日を迎えている。

思うに、その一つは、自販機に対する馴染みの差の問題だろう。
ものはついでと、自販機の歴史を調べてみた。
http://www.matto-j.matto.ed.jp/seitosakuhin/3nen/sakuhin/02/3220.htm

その歴史は意外に古く、紀元前215年のエジプトにまで遡るらしく、「寺院に『聖水の自動販売機』が置かれる。」とある。
しかし、私たちの身近に出来たのは、1965年で、「100円硬貨ができ、自動販売機の数が急激に増える。」以降だ。

だから、雄太の生まれた時には、既に自販機がこの世に氾濫して、容易に擬人化の感覚が育った、と考えられる。
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イカツイ

うかうかしている間に…、
いやー、別に『うかうか』していた訳でもないが、随分と日記をさぼってしまった。

さて一昨日の土曜日には、【第4回安土っ子フェスティバル】が成功裏に終わった。3年前に安土小学校で始めたイベントであるが、今年は町内の老蘇小学校も、安土中学校も、同様のフリー・スクールを同じ日に開催された模様。
当日、子どもたちは自由参加にしているが、年々、参加人数が増え、100円で販売している[揚げパン] 600個も早々と売り切れ、「次回は1000個を用意しようか。」 と景気が良い。

『ふむ、この調子だと、今後5年、いや10年は続くだろう。』と、少なからず確信を覚えた次第。

【安土っ子フェスティバル】は、地域の大人が自前で参加するから、殆ど経費が掛からない。お茶会のお抹茶とお菓子代金とか、ポップコーンや綿菓子の材料費などの共通経費も、5万円程度。
これに関しては、私が会長を務めている同窓会で負担しているが、会長の手腕がよろしい為 (笑)、現在の残金たるや、なんと! 100万円を超えている。だから、費用的には20年間続けたとしても、なんら問題はない。

さて、ちょうど金曜日の夜から、娘の麻衣子が珍しく帰り、それも小学校時代の友達3人と一緒に、「お泊り」とか。彼女たちも、「揚げパン食べたさ」で、イベントに顔を出した。

揚げパンの威力は、大したもんだわ。、

日曜日の夜、麻衣子から「近江八幡駅まで送れ。」と言われ、しぶしぶ送った。
その日は、霧が深く、しかも通ったのは、抜け道の農道だから、余計に視界が悪い。

そこで、麻衣子は大きな声で 「お父さん、この霧って、イカツイなぁー。」

私「えっ? イカツイ?
  そんな表現は、アカンやろう!!」

麻衣子「そやなー、イカツイは、やっぱり変やったな。」

『元気なのは良いとして、どっかで育て方を間違ったか…。、 やっぱり、、』と、マジマジと娘の顔を見た。

娘を送った帰り道も、やはり霧が出ていて、
『この霧は、どう表現すればよいのだろう。』と考えた。

通常、霧は幻想的と言われるが、しかし漫画チックな親子には当てはまらず、
状況的には、前が見えないから【危ない】が先立ち、
これを麻衣子は、乏しい語彙の中から「イカツイ」を思いついたのだろう。

と、考えるに至り、一人、声をあげて笑った。

『イカツイのは、娘の方や!』
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オバマ氏勝利宣言演説

オバマの演説は、格好良かったねー。
私なんか、素直に聞き入ってしまった。

http://jp.youtube.com/watch?v=Lk_zKhX3K3w

原文が手に入れば、じっくりと読んでみたい、と思っている。

敗者の候補者マケインも、恒例で、相手を称える演説をする。
この慣習も、なかなか素晴らしいと思う。

リンカーンの演説は教科書で習ったし、キング牧師の演説は息子の教科書に載ってたし、ケネディーの演説は、その当時、私は中学生だったが、学校で話題になってた。
これらは日本人の私たちにも結構知られていて、今夜のテレビで、その一部が紹介されていて、『そうそう、コレコレ!!』と懐かしかった。

ヒットラーの演説なんか、その迫力たるや、「凄過ぎるー!!」って、思ってしまう。演出効果も抜群で、火なんかも焚いたりと、数万人の聴衆が息を呑む程に大したものだ。もちろん、言わんとしている内容はファッシズムで、褒めたものではないが、かのチャップリンは、映画「独裁者」の中で、彼流に演説をリメイクと、これまた凄い。

"I'm sorry, but I don't want to be an emperor. That's not my business. I don't want to rule or conquer anyone. I should like to help everyone if possible - Jew, Gentile - black man - white.

We all want to help one another. Human beings are like that. We want to live by each other's happiness - not by each other's misery. We don't want to hate and despise one another. In this world there's room for everyone and the good …

http://jp.youtube.com/watch?v=xl2e69fEFf4

それに反して思ったのだが、日本人の政治家の演説って、残念ながら、皆目、知らない。

政治家に限らず人間は、言葉で夢や理想を語り、その実現に向けて努力を重ねるもので、やはり[最初に言葉ありき」なんだよね。

だから、「どうして日本人は、理想を、夢を、言葉にして語らないのか?」と、思う訳。
日本の場合、温和な人柄とか、不言実行とか、捉えどころのない不確かなものを有難がる傾向があって、物事に対して意見を明確にしない。と言うか、その辺が、すっぽり空洞になっている。

テレビなんかでも、人々は懐疑的な発言に終始して、ストレートに夢を語らない。その方が、お利口にみえるのか、どうかは知らないが、もう少し、言葉に対して真摯になっても良いかな、と思う。
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175円の贅沢

実は、随分と気になって、ずっと欲しかったものがある。

無くったって別に困りはしないものの、なんか、『欲しいなぁ~』って思って来た。

それは、大して高価でもないものの、
でも、凄い贅沢な感じがして、

あまり何かを欲しがらない私であるが、
『ひょっとして、アレが、今、一番欲しいものかな~?』

なーんて、この半年ほど思いながら過ごした。

もう10数年も前だろうか、
「アレを買って来て呉れ!!」と、細君に頼んだものの、無下に却下されてしまい、現在に至っている。

それ以来、偶に思い出すも、暫く忘れていたのであるが、最近、またまた欲しさが募り出した。

うーん、欲しいよなぁ~、、アレ。
手に入らないとなると、思いはずんずんと膨らむ。

僕の中のアレは、どんな感じかと云うと、
そうそう、薄く唇を開いて、
煙草の紫煙を、細ーーく、長ーーく、噴き出し
それが、やがて気流に乗って渦になって巻く。

アレは、余所で見たり、テレビのコマーシャルで見たりすると、またまた欲しくなり、
先日、深夜スーパーに出かけて探したが見つからず、
コンビニでも、見つからなくって、

『あぁーあ。、』であったのだが、なんと昨日、友人の店で見つけた!!

「おい、コレ、買うわ。」と175円。

うーん、
しかし、少し、イメージとは違うんだよな~。

何が違うって、
先ず、色がどんより紺色で、透明度に欠ける。
だから、紫煙が糸を引くような繊細さもない。

ひょっとして、欲しかった期間が長すぎて、
もしや私の、期待が膨らみ過ぎた?

うーん、
アレって、コレに使うものなんだけど、コレのタイプは2通り。
だから、色を付けるのが難しいのかも。

コレが無くなったら、また次のアレにチャレンジしてみるか!!
それでも不満だったら、うーん、、作ってみるとか。、

で、皆さん、アレって何だか、わかった?
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