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究極の遊びについて。 (その1)

遊びを辞書で引いてみると、《遊戯》play; (a) sport; 《娯楽》pleasure; (an) amusement; 《気晴らし》a recreation; a diversion; 《行楽》an outing; 《ハンドルなどの》play.《遊蕩》dissipationと、色々と表示される。

そこに目的があるのか?
であるが、
たとえあったとしても、大それた目的と言える程のものは見当たらない。
まして、遊んでいる当人にしても、使命感なんぞ微塵もない。

仮に、遊びに意味があるとしたら、見出すのに苦労する。
寧ろ、遊びには意味がない、とした方が、遊びを尊敬する姿勢だと思う。

小さい頃には誰しもが、「あそぼう~」と、誘ったり、誘われた。
「うん。」と返事して、その後に、「何して遊ぼうか?」と、考えたものである。

だから、遊ぶとは、何かをするのが目的ではなく、兎も角、遊ぶのだ。

これに近い会話では、年頃の男女が「デートしようか?」だろう。
しかし、これは親しい男女の関係で初めて成立する会話である故に、領域が制限される分だけ、遊びが自由ではない、と言えよう。

と、まあー、ここまでを前置きとして、私は強引に結論を導くすれば、
遊びとは、何の成果も見返りも求めず、一人ないし複数で、生きていると言う事象の中で、精神なり肉体の喜びを求める行為である、と述べたい。

今、君は、私の日記を読んでいる訳だが、
「阿呆!! なに暇なこと言うてるねん!!」と、突っ込みを入れたとしたら、それはそれで充分な遊びであり、
「ふーん、どうでも良いことを考えている阿呆やなー。」と思ったとしても、私を馬鹿にすることで、そこに遊びが成立する。

先日、私が見出した遊びの中で、これぞ「究極の遊びか?」と思われるものに出会ったから、それを紹介したい。

早い話、これを書きたくて、ここまで無駄な文章を書き連ねたと思って貰っても良い。
遊びにも、色々とあるが、究極の遊びは、「この状況では、そうは遊びが見つかるまい。」の中で、見出すのがソレだ。

例えば、部屋にいる場合は、テレビも見られるし、本だって読める。
他に人がいれば、会話も楽しめるから、他に何も見るモノがない、する事がない状況の中はと言えば、それはトイレの中である。

(下へ続く)
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究極の遊びについて。 (その2)

(上からの続き)

しかし、大便の場合は、用を足しながら新聞だって読めるから、選ばれたシチュエーションは
【小便の最中に、あなたはどんな遊びをしているか?】となる。

子どもの頃には、「何処まで遠くに飛ばせるか?」とか、「狙った的に正確に当てる」とか、それなりに遊びがあった。
人間は、如何なる時にも楽しみを見出す稀有な生き物なのであり、笑いや歓びの中にこそ文化があり、小便小僧が愛される理由も、ここにある。

しかし、何十年も生きて、同じ遊びでは進歩がないし、飽きてしまう。

そう言えば、知人が、こんな事を言っていた。
彼の父親は癌で亡くなったのだが、その介護の時、小便に連れて行っても、なかなか出ない。
そんな時、「水道の水を出して、水の流れる音を聴かして呉れ。」と父親から頼まれ、そうすれば出難かった小便が容易に出た、と言う話しは、遊びとは言えないものの、出た時の爽快感を思えば、良くぞ工夫したものだと感心する。

で、先日、私が見出した遊びであるが、
その日は、何気なく小便をしていたのだが、ソレの両脇に、左右の人差し指の二本を、5cm程離して、平行に添えてみた。

すると、どうよ!!
なんと「川」の字ではないか!!

しかも、「川」の真ん中の棒から、せせらぎの様に水が垂れ落ち、癌患者のお父さんではないが、小便の出がすこぶる良い。
えぇーっと、「川」であるが、私のソレは人差し指より短い訳ではありませんので、誤解なき様に願いたい。、

これに気を良くして、次は「中」の字を書いた。
写真付きで紹介出来ないのが残念だが、「巾」とか、「小」とか、結構と楽しい。

「えっ?  そんなんが、何で楽しい?」って?
いやいや、まぁー、やってごらんよ。人文字ならぬ珍文字で、きっと面白いから。(笑)

「えっ? 女性の場合は?」って?
それだって、想像力の問題で、なんとかなると思うよ。

お尻の両脇にそれぞれ人差し指を真下に向けて(うん?やや前方かも知れんが)差し出せば、立派な「川」の字になる。(爆)

最後に、
「遊びに師なし。」とは、上手く言ったものだと思う。

A person can learn all sorts of games by himself [herself].
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胡坐座布団

先週、友人の西村君から電話を貰った。

西村君「ラジオとかチラシとか、色々とご活躍されてますね。」とのこと。
もちろん、【仕事を!】である。

彼は、県内、愛荘町(旧愛知川町)にある<A Href="http://www.takeheiro.com/index.html" target=_blank>竹平桜</A>の7代目社長。
HPにも紹介されている様に、竹平楼は江戸時代から続く老舗の料亭であり、明治天皇の御在所も残されている。
彼とは青年会議所時代の友人で、新年会などの宴席で、幾度か竹平楼の座敷に上がらせて貰ったが、歴史の重みを感じさせる佇まいがなんとも良い。

電話の内容であるが、「実は、ちょっと変わった座布団を作って貰いたいやけど、頼めますかね?」であった。
私「座布団なら、下賀茂神社の別誂え正絹座布団からリビング用の丸い座布団まで色々と作ったけど、どんな座布団なん?」

聞けば、普通の座布団の半分くらいの大きさで、胡坐(あぐら)用に使う座布団。

「なんでまた思いついたん?」であるが、お客さんが、もう一枚、座布団を持って来て、それを半分に折って使われることを良く目にするらしい。

普通、目にしたとしても、その次のステップには行かないものだが、彼の場合は、常々【お客様へのサービス向上】を第一にしていることから、『そんな座布団があったら良いなぁ~』から始まり、「作って貰えないか?」と電話するに至ったのだ。
「一事が万事」で見てとれるが、なかなか立派な7代目である。

この依頼をキチンと受けねば、と早速、竹平楼に出向き、翌日、見本を作り上げ、60枚の注文を貰って、明日納品となる。

<Img Src="http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/199.gif" > <img src=http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/200.gif>

これが、その座布団で、使い方は以下。

<Img Src="http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/201.gif">

<img src=http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/202.gif> <img src=http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/203.gif>

左が普通に座布団一枚の場合で、右が胡坐座布団をもう一枚使った場合。
写真で判る様に、背筋がシャンと伸び、腰に負担が掛からず使い心地も楽ちんなのだ。
更には、宴会で呑み過ぎた時には、枕としても使える。
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安土の混迷

久々の日記である。

安土町史始まって以来の一大事であるのだから、「私なりの意見を述べるべし」、とは思っているものの、なにぶん、実名日記である故に憚れる内容も幾分有り、また、事が生々しい政治絡みであり、且つ微妙な事態である故に、果たして何処まで書いていいのやらと、あれこれ思案に暮れてつつ、今日に至っている。

さて、既に皆さんご存じの通り、8月23日(日曜日)が町長解職請求(リコール)の住民投票であった。
私は、午後9時前から、開票場であるところの安土町役場で開票を見守った。

開票結果は、賛成4137票、反対2787票、無効49票で、賛成票が有効票の約6割を占めた。当日有権者数は9782人、投票率は71.28%だった。しかし、賛成票は有権者数から見れば、42%であり、過半数には至っていない点も押さえておく必要があろう。

朝日新聞では、【安土町長リコール成立、出直し選挙 合併は覆らず】との見出しで紹介されている。↓
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200908240007.html

昨日、近江八幡市の友人に出会った時、
彼の奥さんから「私たち近江八幡市民は、なんにも悪いことしていないのに、安土の人って、なんて失礼なの!!」と、言われてしまった。
勿論、本気で怒っている訳でもなかろうが、彼女の正直な感想であるのだろう。
私としては「いや、そんな訳ではないんよ。申し訳ないね。」と言ったものの、反対派のビラには、近江八幡市の赤字を誇大に吹聴されていたのも事実である。

今後、50日以内に出直し町長選が行われる。
仮に、合併反対派が当選したとしても合併が覆る訳ではないものの、住民投票の結果を見る限りにおいては、厳しい町長選が予想される。

そこで合併反対派の町長が当選したとしても、議会では10人中6名が合併推進派であり、議会決議にも至らない。
だからと言って、次に議会のリコールが湧き起こり、その上で、万一、合併反対派が多数を占め、「合併無効を議決」したとしても、合併は覆らない。

合併反対の議員も、「急ぐな合併」と無責任に言うだけで、単独の方策を示す訳では全くない。
「それがどうして、こうなってしまったのか?」に付いては山ほど書きたいことがあるのだが、色々と調べてみたいし、また今週いっぱいは衆議院議員選挙の最中でもあるから、もう暫く、記事を控えることにする。
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工場長の高橋さん。

長かった梅雨が明け、
不意の台風も地震も過ぎ去り、ようやく夏らしい日が巡り来た。

会社では、店舗を除いて、明日から盆休みに入る。
今年のワタセのお盆は、少し特別で、工場長の高橋さんが「お盆で退職」。

「本日のお昼まで。」と言う事で、工場の皆も店の皆も、それぞれに退職のお祝いの品を用意していて、私もケーキを手渡した。

高橋さんは、本年、満73歳。

人の縁と言うものは、不思議なもので、色んな処に転がっている。
高橋さんと私は、一年に3回の「祭りの座」が一緒で、
たまたま私が、「今、なにしているの?」と聞いたところから始まり、
高橋さん「ちょうど早期退職したばかりで、田んぼの他は、なんもしてへん。」
私「そんなら、ワタセに来て貰える?」と、ものの5分で話がまとまり、以来、10数年間の長きに渡って随分と助けて頂いた。

高橋さんの風貌はと言うと、元総理の村山富一さんに似て、細表で眉毛が長く、痩せ型の長身。
仕事は、布団綿の製綿であるが、機械の整備や工場の掃除に止まらず、会社の営繕や庭の草むしりまで、なんでも気を付けて下さった。

高橋さんの器用さは、大工さん造園屋さんもビックリの腕前で、更に、目に付いたことを手を抜かずに片付けられるから、みんなが本当に助かった。
人間には「働き者」と「怠け者」の二種類に分けられるが、高橋さんの場合は、「能力のある働き者」だ。
働き者は、得てして無理をしがちになり、高橋さんの場合も、腰が使い減りして来た。
ワタセは定年がないから、ずっとずっと働いて欲しいが、これを機会に身体を休めて、後、30年は長生きして欲しいと願っている。

「長い間 ほんとうにありがとうございました。」
と、丁重にお礼を述べ、先程、会社を後にされる愛用の軽トラックに乗った高橋さんを送った。

出会いがあれば別れがある、
これは人の世の常だから致し方ないが、やはり寂しい。

後任の井上君は、なかなか高橋さんの様には行かないだろうと、苦労が予想される。
こう考えると、会社も人と同様、生きているようだ。

高橋さんの年齢を目標に、私も頑張ろうと思った。
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