So-net無料ブログ作成

いよいよ、署名運動をスタートします。

先日より申し込んでいたところの「署名サイト」ですが、本日より目出度くスタート出来る運びとなりました。

1万名様を目標と致しておりますので、ご協力下さい。

署名の仕方

(1)http://www.shomei.tv/project-1294.htmlをクリック!

(2)表示されたページの下方にある赤字<font color=red>「今すぐ署名する」</font>をクリックして、その後の指示に従って下さい。

お名前等の個人情報に付きましては、守られる仕組みになっていますので、ご安心下さい。

それでは、よろしくお願い致します。

なお、ブログをお持ちの方はブログパーツも用意してありますので、ご協力をお願いします。
ブログパーツのタグもhttp://www.shomei.tv/project-1294.html内に表示してあります。

万が一、ブログパーツが張れない場合は、http://www.shomei.tv/project-1294.htmlのURLを宣伝して頂いても結構です。

携帯からも署名することができます。
※携帯サイトURLは「http://www.shomei.tv/mobile/project.php?pid=1294」です。
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ニュースワイド「CATCH(キャッチ)」

本日(金曜日)夜、21:54~22:40のBBC(びわ湖放送)の番組「ニュースワイドCATCH(キャッチ)」にて、【自治体名に安土を復活させる運動】が放映される。

収録に付いては、一昨日に弊社の2階で受けた。
最初の記者さんの質問には、澱みなく答えられたのだが、続いて「それでは、始めます。」とカメラが回ると、ついカメラが気になってしまい、あまり自信が持てない。

私「それで、良かったですか?」と聞けば、「大丈夫です。」との返答で、撮り直しもなく、更には、来月早々の町長選挙の絡みもあり、『果たして、どの様に編集されるのだろう?』と、色々と心配もしている。

と、言う事で、滋賀県内にお住まいの方、「お時間が許せば、ご覧下さい。」

さて、話題を変えて、今日は嬉しいニュース。

私が20年間に渡って係わっているところの滋賀県環境生活協同組合が、この度、NPO法人「蒼いびわ湖」として、再スタートするに及んで基金募集をしているのだが、とある元大学教授さんから、莫大な金額の出資を頂ける運びとなりそう、なのだ。この度の「お申し出」は、20年間の活動の評価であり、これからの活動への期待なのである。

今のところ、スタッフの誰にも内密の段階だから、誰にも洩らす訳にも行かず、しかしながら、余りの嬉しさ故に、黙っているのも苦痛だから、「王さまの耳はロバの耳」よろしく、日記を穴に見立てて書いている次第。

今でこそ「ソーシャル・ビジネス」として注目を浴びつつあるビジネス形態であるが、私たちは20年以上前から「環境を良くする為の仕組みづくり」に取り組んできた。
20年を一区切りとして、今年から若いスタッフを中心としたNPO法人に移行するに当たって、私は、取り分け経営面を心配していたものだから、今回のサプライズには、飛び上る程に喜んでいる。

「えぇーっと・・・、
 それでも未だ内緒ですから、誰にも話さないで下さい。
 発表の段階になれば、謎めいた莫大の金額も明らかに致しますので。」

さて、安土の町長選挙でるが、告示が9月29日で、投票日が10月4日。
付いては、明日の午後5時に、木野陣営では後援会事務所の立ち上げとなる。

これから、色々と忙しくなるぞ。
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自治体名に「安土」を復活させる会のHP

本日、自治体名に「安土」を復活させる会のHPを公開致しました。

リンクフリーです。
ホームページ・ブログ・メールなどで広く、お知り合いの方にお知らせ頂ければ幸いです。

自治体名に「安土」を復活させる会のホームページはこちら。
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「自治体名に安土を復活させる運動」の趣意書

一応、「自治体名に安土を復活させる運動」の趣意書を書きあげた。

詳しくは、安土ブログにて。
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更に、【自治体名に安土を復活させる運動】 (その1)

読売新聞で【自治体名に安土を復活させる運動】を紹介して頂き、その反響の大きさに驚いている。

映画【火天の城】で、今や全国から脚光を浴びている筈の安土であるのに、肝心の本家本元であるところの我が街【安土町】は、合併問題で推進派と反対派が権力闘争さながらに互いの悪口を言い、足を引っ張り合う様な、黒くて暗いイメージに覆われているものだから、今回のニュースは、久々に希望を感じられたものと思われる。

その現れとして、新聞の折り込み日の早朝に安居さん宅に東近江市の方から、「私も、その署名に加えて欲しい。」と電話が掛かり、私の携帯電話にも、「その署名、乗ったで!!」と応援の声が沢山届いた。

また、町内の方と思しき知らない方からも電話を受け、
「その運動は、とても良いと思います。
県内や県外の方から署名を集めると言われていますが、町内の人間向けに、署名集めはしないのですか?
合併に賛成にしろ、反対にしろ、安土の方なら98%の方に賛同を貰えると思うのですが、どの様に署名をすれば良いのですか?」との問い合わせも受け、
私は「只今は、未だ準備中の段階ですので、署名用紙も用意出来ていないのですよ。もちろん、町内の方にも署名をお願いしますが、それだけではなくて、広く全国の安土ファンや信長ファンの声も集めたいのです。スタッフも足らないので、一緒になって、活動を助けて下さい。」と、お願いした。

更には、近江八幡市の友人からも電話を受け、
「新聞、見たよ。だから、お前の為に埃を被りながらも、4年前の合併協議会で【安土八幡市】に決定した資料を探してやったぞ。
これは、4名の教授と研究者に参加して貰っての資料やから、参考にすれば良い。今すぐ、送ってやるわ。」と、資料を頂いた。

要約された【安土八幡市】の推薦理由を転記させて頂くと、以下の通りである。

= = = = = =
「安土」、「八幡」という名称は、ともに歴史と伝統、地域の特性を正確に示しており、かつ、その知名度も国内のみならず、国外にも広く知られている。いずれも消滅させがたい価値ある名称であり、かつ、現在の安土町と近江八幡市の地域は、歴史的にも一体であるといえ、文化的景観としての「琵琶湖八景 春色 安土・八幡の水郷」としてもなじみ深く、双方を組み合わせた名称が最良である。

(下へ続く)
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更に、【自治体名に安土を復活させる運動】 (その2)

(上からの続き)

町の成り立ちの歴史と経過を踏まえ、視覚、語感、新市の名称を総合的に考慮した場合、最善の候補である。
= = = = = =

ここでは、【安土八幡市】以外にには、【蒲生市】と【佐々木市】、それと【八幡安土市】と、現在の名称を活用したところの【安土市】と【近江八幡市】の合計6つの候補の中から、【安土八幡市】に決まった。
因みに、【八幡安土市】の説明は、【上記(安土八幡市)のとおりであり、町の成り立ちの歴史と経過を踏まえ、視覚、語感、新市の品格を考慮すると、「安土八幡市」のほうが適当である。】

これは、新市名称候補選定小委員会で決定されたもので、委員長は、安土の杉原養一氏(診療所院長)、副委員長には、近江八幡市の廣瀬正秀氏(市社会福祉協議会会長)、そこに近江八幡市から3名の委員、井上栄一郎氏(市議会議員)、辻友子氏(市教育委員)、際田博巳氏(市連合自治会会長代行)と、安土から3名の委員、国分征男氏(町議会議長)、坪田美千代氏(町農業委員)、中村武司(町教育委員)、それに加えて専門委員の4名、西川幸治氏(滋賀県立大学学長)、森谷剋久氏(武庫川女子大学教授)、高橋美久二氏(滋賀県立大学教授)、近藤滋氏(県立安土城郭研究所所長)であった。

私自身、新市の名称としては4年前に決まった「幻の安土八幡市」が良いと思っているのだが、現状はその段階に達していず、固執するものでもなく、兎も角、県内外に広く賛同者を募って、安土の名称を復活させたい。

先週の日曜に安土塾の運動として始めることを決定し、翌々日にブログを書き、直ぐ読売新聞さんに紹介して頂き、本日、びわ湖放送さんの取材を来週に受けることも決まった。

安土の名前が消え去ることに、憤慨し、心を痛めていた私たちではあったが、メディアに取り上げられた中で、沢山の賛同と応援の声を掛けて頂き、歓びと勇気を貰った。

私たちは、それぞれに仕事を抱えている身ではあるが、それなりに精一杯この運動を続け、弥生時代中期の遺跡を残し、中世には佐々木六角の居城で近畿一円に勢力を馳せ、安土桃山時代には天下統一を成し遂げた安土の名称を、その歴史の度ごとに咲いた文化と共に、後世にそっくり残そうと決意する。
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自治体名について。(その1)

9月9日のブログに「自治体名に安土を復活させる運動」を書いたところ、昨日、読売新聞の記者さんから取材を受け、12日の滋賀版に紹介して頂いた。

運動を展開する安土塾は、メンバー数から言えば20名に満たないグループではあるが、地域の他団体からも応援を受け、これまで30年間に渡り安土の活性を願いつつ活動を続けている。
なにぶん、地域の小さな住民グループ故に、運動の周知に時間が要するのだが、この様に新聞の記事に取り上げて頂ければ、情報が速やかに伝わり、私はたいそう感謝している。

下記に、読売新聞さんの記事を紹介させて頂く。

= = = = = =

市名に「安土」残して

来年3月に合併して「近江八幡市」となる安土町で、地域おこし活動を続けてきた住民グループが、新市名に「安土」の名を入れるよう求める運動を始める。同グループは「安土の名は町や市だけのものではなく、日本の財産」として、全国の織田信長ファンらに訴え、賛同者を募っていくことにしている。

 運動を起こすのは、地元の青年会議所OBらでつくる「安土塾」(安居昌広代表)。今月6日に行った会議で活動推進を決めた。

 活動の柱はインターネットによる署名活動。今後、ホームページを作成し、全国から1万人以上を目標に署名を集め、新市の市長や市議らに要望していく。名称の候補としては、2005年の合併協議会でいったん決まった「安土八幡市」などを考えているという。

 名称変更は新市で条例をつくり、知事が了承すれば、可能。県議会の議決は不要で、総務省の担当者は「町が分かれる分立(ぶんりゅう)に比べればハードルは低い」という。

 同塾の辻貴史・専務理事は「安土城があった場所として、安土の名前は全国に誇るブランド力がある。近江八幡市の住民でも、『安土の名前を入れたほうがよかった』と言う人も多い」と話している。

(2009年9月12日 読売新聞)

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自治体名について。(その2)

さて、自治体名に付いて色々と調べてみると、その成り立ちは、それほど意味があるものではなく、言うなれば、人の名前と良く似ている。

明治22年に新しく町村制度が始まった訳だが、元からあった地名を付けたもの以外は、町村の名前を付けるパターンは、めでたい字を使ったり、合併する旧町村の数にちなんだり、方位や位置関係を示していたりとかで、どこも似通っていた。適当に、とか安直に、が殆どである。更に、元からあった地名にしても、その昔に、その土地の領主が、これまた安直に付けたのだから、その全部が安易と言っても過言ではない。

「日本の珍地名(竹内正浩著)」には、同一名称の町村が20以上ある例が紹介されている。
それに依ると、八幡村が42で一番多く、以下、大野村が36、旭村が31、中川村が29、吉田村が28、中村と本郷村が25、明治村と和田村が24、大田村が22、加茂村が21と、同じ名前をもつ村だけでこんなに存在した。          参考文献「日本の珍地名(竹内正浩著)」

しかし、それだからどうのこうのと、言うものではない。
私の名前は「貴史」であり、「たかし」と読み、どこかの姓名判断師に付けて貰ったらしいが、ありふれた名前である。これも適当に付けられたのだが、それでも長い間、この名前で通して来たのだから、それなりの愛着もある。

自治体の名前も、自分の名前と同様に、最初がどうであれ、使っていれば、それなりに馴染んで来るものである。

そうならば、【名前なんぞは なんでも良い。】と成り、
ここで結論を導くならば、「長い間、馴れ親しんだ名前は、それなりに良い。」となり、合併に際しては、「人口の多い町の名前を使うべし」となる。
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自治体名について。(その3)

それなのに、どうして安土にこだわるのか? に付いて、述べる。

先ず、最初に確認したい点は、地位エゴを通そうとするものではない。
長く住んだ住民が、馴れ親しんだ名前であることを押し通しても、無理がある。

名前の重みは、その地域の住民が感じている重みから決められるのではなく、歴史的、文化的に広く全国の方と、如何に名前を共有しているのかで、決められるものと私は考える。

安土の歴史遺産は、単に安土町民に止まらず、日本の財産である。
だから、私たち安土塾のメンバーなり安土の住民は、広く全国の方々と安土の文化遺産を分ち持ってきた。

私たち安土塾では、過去30年間に渡って、安土城址なり、織田信長が残した有形無形の文化的遺産を現在に活かすべく、「フェスタ信長」等のイベントの中で、広く全国の信長や歴史ファンの方々に支えられながら、文化的価値を分かち持っていると言う自負の元に活動を続けて来た。

この度の合併で、新市の名称から「安土」が消えるにあたって、安土塾は、努力不足を自省する中で、新市の自治体名に安土を復活させる運動を展開する。

平成の大合併で多くの名称が消え去ったのであるが、安土ほどにブランド力のある名前を消しさることは、この地域だけの問題ではなく、滋賀県、日本の財産を損ねてしまうと、私たちは考える。
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自治体名に安土を復活させる運動 (その1)

別に、『ぼやぼや』とか『うっかり』していた訳ではないが、日記を書かないままに、はや、9月も上旬が過ぎた。

この間、8月末には衆議院議員選挙では保革の大逆転となり、私の会社では一つの大きなイベントを一昨日に終えた。どちらも、それなりの結果であったと思うが、我が安土町では、残念ながら、なんとも悲惨な状況から未だに脱していない。

来月、10月4日が、出直し町長選挙の投票日で、もう1か月もない。
先月のリコール投票結果からみても、かなりの苦戦が予想される。

考えるに、これまで合併反対派は足し算に次ぐ足し算で、その勢力を伸ばしに伸ばした。
この核になっているのは、やはり平成の大合併に反対している政党であろうと、私は思う。その証拠に、今回の合併が滋賀県議会に掛けられた時に、反対されたのは共産党さんだけである。
しかし、その共産党さんでさえ、自らが支援していた仙波町長が合併を進めた時には、反対のビラの一枚も出さなかった点は、自分勝手と言わざるを得ない。

それなのに「どうして4,200票と言うリコール反対票があったのか?」
であるが、先にも述べた様に「足し算」であり、その内容は様々である。

(1) そもそも、合併に反対。
(2) 合併は致し方ないが、近江八幡市との合併に反対。
(3) 自治体名にから「安土」が消えたから反対。
(4) 住民の意見(住民投票)を聞かなかったから反対。
(5) 町長の悪宣伝(次は副市長)を聞いて反対。

大きくは、以上が挙げられるが、他にも生活に密着する色んなデマが流された。

(6) 合併すれば、中学校の給食が無くなる。
(7) 近江八幡市は莫大な借金を抱えている。
(8) 老人介護が出来なくなる。

そもそも合併に関しては、住民は不安を持つのが普通である。
それを4名(10名中)の町会議員が、不安を煽りたてるのだから、住民が心配になるのも無理はない。これまで幾度も書いたが、反対派議員は、単独での道筋を何ら指し示すことなく、ここに来て、住民を反対に誘導するとは、なんとも情けない、と考えている。

私は、住民投票自体に異を唱える積りはないが、それは住民投票条例に則って、議会の承認を経るのが筋であり、今回は、その手続きを踏んだ上での話であるから、住民投票をしなかった点を殊更に取り上げるのは、議会制民主主義に反する態度と言わざるを得ない。
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自治体名に安土を復活させる運動 (その2)

「合併が住民投票に馴染む議題であるかどうか?」に付いては、賛否が分かれるところだろう。東近江市の合併に於いても、そうであった様に、多くの自治体では、町長選挙と議会議員の選挙で、それを付託し、住民投票が行われていない。

本来ならば、こんな時こそ冷静な議論が必要なのだが、困った事に、どうも感情的に流されての言動が余りに多い。

このまま流されれば、合併反対派の町長が誕生する公算が大きいが、それでも合併は覆らない。今回の衆議院選挙の結果ではないが、万一、共産党さんが300議席でも獲得すれば、合併がご破算になるかも知れないが、少なくとも向こう4年間の可能性は皆無だろう。

さて、
(3)の「自治体名から「安土」が消えたから反対」に付いてだが、これに関しては、反対派の方だけでなく、安土住民の殆どの気持ちだろうと思うし、また私も残念である。

これは【馴れ親しんだ「おらが町」の名前だから】との理由では、人口の多い町に分がある。

私が安土の名前を残したい理由は、今更、くどくどと書きたてる必要もなく、文化なり文明を残したいと考えるからである。

『日本の珍地名』(著者の竹内正浩さんは雑誌[旅]の編集者)と言う本があるが、氏は古来からのまさに「観光資源」である地名をやすやすと棄てて、くだらない平仮名市名等をつける自治体について、竹内さんは何度も本書の中で悔やんでおられる。

そこで安土塾では、今後、 「自治体名に安土を復活させる運動」を展開する。

賛同会員は、(1)安土町と近江八幡市の住民 (2)その他の滋賀県の住民 (3)県外の住民 (4)日本人以外の外国人の4通りの全ての方々に向けて運動を展開する。

安土は日本のみならず、ANZUCHIとして、信長時代に広く世界に向けて発信された地名でもある。
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自治体名に安土を復活させる運動 (その3)

嬉しいことに、近江八幡市民の中にも【安土八幡市】の方が良かったのに、 と言われる方が沢山居られる。それは観光資源としての【安土】の名の大きさの成せる業であろうし、ちょうど今月からロードショーになった「火天の城」でも安土が舞台となり、「安土の山中を城にしろ!!」とのテレビのCMが連日の様に流れている。

椎名 桔平さんが演ずる織田信長のこのセリフ「安土の山中を城にしろ!!」は、決してオーバーな表現ではない。
安土城址に登って貰えば分って頂けるのだが、安土城址は天主閣だけではなくて、織田信澄、武井夕庵、羽柴秀吉、徳川家康、前田利家、武井石安、森蘭丸等々の家来の屋敷が山中に建てられ、現在、大手道の入り口付近には、羽柴秀吉と前田利家の屋敷跡に付いては、礎石と石塁が復元されていて、その一つ一つが充分に大きな住居である。

信長の家臣団の住居を書いた関係で、少し話がそれるが、大阪大学の脇田修名誉教授から、信長の意外な一面に付いてお聞きしたことを思い出したので紹介する。
この様に、安土の山に家臣の住居が建てられ、そこで信長にある重臣が、「家臣の家族の全てを安土に呼び寄せさせてはどうか?まさかの時の人質になるから。」と進言したところ、信長は「それはせずとも良し。」と答えた。さて、その理由とは、「人は故郷を無くせば、心が荒むから、残すべし。」と、なんとも人間の本質をついた気配りに私は感銘した。

この度の安土の合併問題が、新聞やテレビに取り上げられた背景には、「信長ゆかりの安土の地名が消える」ことに付いての危惧が日本中にあったと私は思う。

「市町村の名称変更」に付いては、地方自治法の第3条と第7条に基づいて行われる。これに付いては、市町村議会の議決を経て知事、総務省の順で承認されれば可能であり、合併を覆す件と違って、過去にも沢山の例がある。

これを成功させる為には、勿論、安土町の住民の賛同がなければ話しにならないが、それだけでは不十分であり、町外の賛同がなければ前に進まない。
以前、「フェスタ信長」でお世話になった遠藤周作氏岡本太郎氏に付いては、今や故人になられたからご参加願えないが、それでも安土の名誉町民の堺屋太一さんはご健在だから、先頭を切ってご賛同頂けるものと確信している。
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