So-net無料ブログ作成

ただ、大晦日 (その1)

今年も大過なく、であるが、

この大過、
通例、【大過なく過ごす】と使われる。

『これって、【危険が危ない】みたいで、変じゃないの?』
 と思うが、どうなんだろう。

さて、今日は大晦日。
年中無休の「ねむはー」も、数年前から大晦日と正月を休みとしたから、会社はなんとも静かだ。

昨日、麻衣子から、
「猫が電車を嫌がるから迎えに来て欲しい。」と頼まれたものの、
「大阪までは大変やから、せめて京都まで帰って来い。」と返事したところ、レンタカーを借りたとこのコト。

だから、今年の大晦日は、暇。

暇だから、「年の最後に日記でも、」である。

11時ごろ目覚め、部屋から出たのが14時。
11時の時点で、もうジュン(猫)は襖の前で待っていて、14時にも待っていたのだから、少なくても3時間を待っていた勘定になる。

『なんとも健気な。』であるが、しかしジュンは、もう17年目、ひょっとして18年目。
<A Href="http://sijimi.fc2web.com/kanzan.htm">猫の年齢の換算法</A>によると、96歳か99歳。16年以上を高齢期と言い、一年経つ毎に3歳ずつ老いるとのこと。

そんな訳で、
『来年の大晦日も、ジュンは居るのだろうか?』などと思ってしまったりであるが、それが歳月と云うものであり、古より人は、「いろはにほへと」の歌中に「よたれそつね」(世 誰ぞ常ならむ)と詠んだのである。

この【無常】について少し書くと、
私の場合、
幼い頃は、「はやく○○にならんかなぁ~」みたいに、歳月の過ぎ去るスピードよりも、自らのスピードの方が勝っていた様に思われる。
それは、好奇心や意欲が旺盛だったから、自らのスピードが加速されたと推測される。

そして、
あの頃は「時間なんて無限にある。」みたいに思っていたものだから、思う存分に時間を消費しても一向に平気でいられた。

それが、何時頃かは特定し難いが、一定の好奇心は満たされ、自分の将来もある程度は予測可能となってしまい、更に「時は有限」である事実を自覚するに及んで、無常が隣人となった。

この「無常が隣人になる」であるが、
頼み込んでなって貰った訳ではなく、土足で入り込まれた感覚に近い。

「お前の命は、もう少し」と死刑宣告をされた様なもので、馴染むのに時間を要する。

(下へ続く)
nice!(0) 

ただ、大晦日 (その2)

(上からの続き)

どうして「みんな、受け入れているのか?」と云うと、誰一人として例外無く、等しく定められているからであろう。

当初は、「皆、そうなんだから、しょうがない。」と後ろ向きに受け入れ、その内に、「まあー、それでも良いか。」と【折り合い】を付ける訳だが、この折り合いの付け方とか有り様が、なかなかに味わい深いと、この頃、よく思う。

人は、自らの中とか、成し遂げた結果に、何らかの価値を見出し、それを以って、折り合いを付けようとするものだが、それは人それぞれ、好きにすればよい。
しかし、
何をして来たとしても、何もして来なかったとしても、一生の歳月に変わりはないのも事実である。

話を戻すと、
3時間を待つジュンと、3時間もジュンを待たせる私。

両者の間には、ミルクが介在するが、しかし、ジュンの飲みっぷりを見る限りでは、それほどミルクには意味が無く、ただ待って【居る】ことにジュンの意味が在り、私の場合、その間、何の意味無く過ごし、ただ待たせて【居る】ことに私の意味がある。

ただ【居る】
そこに3時間の時間が費やされ、
それに寄って何ら経済的生産も為されず、時が過ぎる。

ジュンは何を思って【居る】のかは知らないが、そろそろ一生を閉じようとしている老猫の存在感は、それなりに感じ取れる。

私は、何を思って【居る】のかは定かでないが、それなりに還暦を間近に控えた存在感を自覚している。

無常に侘しさ的な感情を、年毎に感じなくなった昨今である。
もちろん、まだまだ「やりたいこと」が無い訳でも、好奇心なり意欲が消沈した訳でもないが、【居る】ことの歓びだけは、日々ますます旺盛なり。

PS

実は、今日の14時頃、洗車とガソリン補給に立ち寄った際、
直彦から、「社長の正月って、どんな気分なんですか?」と聞かれ、
私「べつに、普段となんも変わらんよ。」と答えたものの、『あれでは答えになっとらんなぁ。』と、気分を書き出したものの、
「余計にわからん。」と言われそうだわ。。

窓には、満月。

『ほう~、大晦日って満月やったん?』である。

そろそろかな、紅白歌合戦。

今夜は、大晦日。
特別な大晦日ではなく、ただの大晦日。

そして
明日は正月、ただの正月。

特別を求め勝ちだが、「ただ居る」ほどの有難いものなし。
nice!(0) 

カレンダーのその後。 (その1)

カレンダーも、概ね一段落した模様です。

ご丁寧にお礼のコメントを賜り、ありがとうございました。
(と、マトコメさせて頂きました。、)

こんな場所で【連絡事項】なんて、ちょっと変ですが、
しあわせものさん、Kちゃんは、未配の為、返って来ました。
小鬼さんに付いては、新住所が見つからず、送れていません。

僕の事ですから、住所変更の通知を貰っておきながらも紛失してしまった恐れもあったりで、「すんません」です。

お手数をお掛けしますが、お教え頂ければ幸いです。

= = = = = =

それにしても、今夜は良く冷える。
未だ夜の9時半と言うのに、会社の2階は冷蔵庫状態。

手を擦りながら、
「おおー、もう2週間もすれば正月だわ。」と独り言。

そうそう、
今日は、毎月一度来社する税理士と、県職さんと中小企業診断士さん3名の合計5名さんの来客。

そんなこともあって、少し会社の話しをすると、世間は不景気と言われているが、ワタセの今年は珍しく良い。

この10年、ずっと「しんどかった(辛かった)」だけに、少し居心地が悪い感じがしないでもないが、それでも悪いよりは良い方が良い。

『ほんまにか?』
と、税理事務所からの月次報告書を何度も見ては、『ふむふむ』である。

人生もそうだが、特に商売には浮き沈みが付き物である。

悪い時には、「めげない」「腐らない」「諦めない」
良い時には、「驕らない」「安心しない」

なんだけど、
(つい、一人突っ込みの悪い癖が出てしまい)
『しかしどうして、みんな最後に否定の「ない」が付くんだろう?』と思ってしまう。

「しない」ではなく、「しよう」の方が、ストレートで、「何を」するのかが示されて良い、と思うが、「どうなん?」である。

(下へ続く)
nice!(0) 

カレンダーのその後。 (その2)

(上からの続き)

さて、「今日の日記、どうまとめる?」

直ぐに答えがでない場合、
先ずは、「私は」とか「私が」とか、取り敢えず書いてみる訳。
そうすると、不思議と言葉が出て来るもんなんよ。

それでは、

私が思うに、
そもそも、良い時と悪い時に分けて考えるのが間違いなんだ。
どんな時にも、「良い」と「悪い」が重層的に存在していて、
それが、その時の条件下で、良い結果が多い目にでたり、悪い結果が多い目に出たりするだけで、本質は、主人公である自分自身、また会社そのもの、と考える。

だから、良かったとか、悪かったとか、一喜一憂している事には意味がなくて、そんな暇があったら、自らを磨くべし、なんだろう。

例えば、会社経営に於いては、
銀行は、「3年赤字が続いたら駄目、退場。」、なんて言うけど、そんなコト、外部から言われる筋合いはない。
もちろん、会社の場合は、2回、不渡りを出したら倒産なんだけど、「倒産するまでは、駄目なんて思っちゃいけねー」んだ。

だから、どんな時でも、「自分は大丈夫」と思うんだ。
だって、自分を磨き、励ますコトこそが、自分の仕事なんだから。

おおっと、今、何字?

あっ、1237字。

なんか、納まりが悪いけど、寒いので、この辺で止めるわ。
nice!(0) 

私の朝は ジュンに始まる

私は
目覚めても直ぐに起床できず
裕に
一時間以上はだらだら布団の中で過ごす

テレビを点け
煙草を吹かす

二度寝、三度寝も良くあることで
その後
『もう、これ以上は寝てられねー』
と、
にんまり呟き、身体も目覚める

この間、一分を一秒のslow motionで過ごした私も
その遅れを取り戻そうと、一秒を0.5秒と慌ただしい

着替え、
布団を上げ、勢いよく襖(ふすま)を開ける。

これが、私の外界への一歩だ。

<Img Src="http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/208.jpg" Align="left" Hspace="20" Vspace="20">そこで決まって目にするのがジュンであり、
初めて耳にする声が「ニヤァー」なのだ。

「ニヤァー」を翻訳すると、「牛乳を呉れ」
この猫、私の顔を見る度に、「牛乳を呉れ」
やっても、やっても、、「牛乳を呉れ」
つい5分前にやったばかりでも、またまた、「牛乳を呉れ」

日に10回でも20回でも「ニヤァー」「ニヤァー」「ニヤァー」。

『駄目元でも、とりあえず鳴いてみよう。』なのか、
『構って欲しい』のか、『単に老猫ボケが始まった』のか、いっつも「ニヤァー」。

この頃でこそ、襖の前でおとなしく待ってはいるが、以前のジュンには困らされた。
襖を開ける前から「ニヤァー」「ニヤァー」、
更には、こともあろうに、私が熟睡していると言うのに、
自分で襖を開けて、耳元で「ニヤァー」「ニヤァー」と牛乳欲しいの督促。

「こらっ!!」と、幾度も飛び起き、叱ったものだが、
学習したのか、歳なのか、最近は「じっと我慢」して待っている。

これまで腹立たしかった「ニヤァー」であるが、
こうも、お利口で、しおらしくなられると、聞こえ方も変わって来る。

この頃は、

うん、よくぞ待っていた。

『よしよし。』

すると、ジュンは颯爽と尻尾を立て、
牛乳の入っている冷蔵庫へと、私を先導する。

『ジュン、
 人間なら裕に後期高齢者

 ジュンとの朝も、そうは長く続くまい。』

牛乳の量を少し増やしてやる。

ジュンのお陰で心も目覚める。
nice!(0) 

カレンダー送りましたよ。

今年も、カレンダー送りましたよ。

例年通り、石原が全て段取りしたのですが、今年もちょこっとしたオマケ付きらしいです。
オマケと言えば、小さい時、オマケ目当てにグリコのキャラメルをよく買いました。

楽しかったですねー。

古くは、日の丸キャメルから始まり…、
それからハイクラウン・チョコレートもあった。

たしか、ジェム・ストーンとかの石がオマケだったり、
他には、おしゃべり九官鳥が当たるナントカ、だったり。。

到着は、明日か、明後日かな。
よろしくご笑納下さいませ。

つまらない質問ですが、
「もしも、カレンダーかオマケかの二択で、どっちが欲しい?」なーんて聞かれたら、どっちですかね~。(笑)

えぇーっと、
「住所変更された方」とか、「去年、着いてなかったぞぉー」等の方は、お送りしますので新住所を教えて下さいな。

と、ここまではご連絡。。

ついでに、昨日の日記の続きなんですが、
そもそも「時間」とか「歳月の経過」とか、これらはみんな、形而上のもので、理屈としては認識は出来たとしても、感覚としては捉えられない、んだよね。

だって1年とか1時間なんて、勝手に人間が考えてるだけのもので、それ自体が嘘っぽい。

例えば、パチンコ玉は5gで、指で摘まめる程度の重さなんだど、
宇宙には、パチンコ玉と同じ大きさで、その重さたるや、なんと地球一個分よりも重いモノも存在するらしい。
これを比重として数学的に表すのは可能なんだろうけど、人間には理解不能の世界としか言いようがないよな。

などと、面倒な話しを続けたら、折角のプレゼントが台無しになりそうなので、今日の日記は、この辺で。

ちなみに、ねむはーのカレンダーでは、地球は包めませんので、そこんとこ宜しく。
nice!(0) 

超早業夜食 (その1)

「その後、安土はどうなってるの?」に付いては、昨日、久々に<A Href="http://azuti.blog116.fc2.com/">安土ブログ</A>を書いた。

さて、
一年が過ぎるのが、なんとも早い。
昔の様に毎日ほど日記をつけていれば、そうでないかも知れないが、今年のペースだと50回も書かない内に一年が過ぎてしまう。

とは、書き始めたものの、『果たして、そうだろうか?』と自分で突っ込みを入れる。
この理屈だと、何かをした事の頻度によって一年の早さが異なるコトになる。

(こんな話しをする積りで書き始めた訳じゃないが、分析好きの困った癖にもう少し付き合うことにする。)

(A)日記をつけた回数が少ないから、一年が過ぎるのが早く感じた。
とのAなる自分が居たと仮定する。
しかし、これだと
(B)布団で寝たり歯を磨いた回数に付いては例年と同じだから、一年を早く感じないBなる自分も同時に存在する事になる。

(A)と(B)が同一人物なるが故に、この仮定自体に矛盾が生じ、よって、「何かをした回数」が「月日の過ぎる速さ」に影響を与えることは「ない」と結論付けられる。

と、まぁー、数学的にはこの辺で良し、とすべしだが、どうも未だ合点が行かない自分も居る。

つまらない話をもう少しするなら、
上記の場合、「一人の人間は、時の流れに一定の感覚を有する」ことを前提にしているが、『果たして、そうだろうか?』と疑ってしまうわけ。

ある時、自分は、時の流れを早いと感じ、
同時に、自分は、ある関係で時の流れを遅いとも感じる。

そんなことも、「有り」なのでは、なかろうかと。

(C)この場合、時の流れ、そのものが一定ではない場合と、
(D)時の流れを感じる感覚が、対象なり関係性によって一定ではない場合、
(E)もしくは、一人だと思っている自分自身が、実は、そうは単純に存在している訳ではなく、幾多の異なる感覚を同時に有した、謂わば、何重もの人格よって形成されている場合が考えられる。

そろそろ、この話にけりを付けたいが、私としては、「(E)かな~」と思うし、「でも(C)や(D)も面白いかなー」的な結論。

と、どうでも良いことを長々と書いて申し訳ない。
本当は、夜食に付いて書こうと思っていたのだが、しかし、これまた、どうでも良い話しには変わりはない。

(下へ続く)
nice!(0) 

超早業夜食 (その2)

(上からの続き)

昔っから、夜型人間だから、深夜に食事をとる。
だから、真夜中に開いている店には特に詳しい。

もちろん、外食ばかりしている訳ではなく、自分で夜食を作る。

一番多いのは「たまご焼き」「ハムエッグ」で、その次は「即席ラーメン」とか「即席焼きそば」、他にはパンとか、色々と考えるが、最近、見つけたのが、タイトルの「超早業夜食」だ。

この上ない程に【お行儀が悪い】のが難点だが、
誰にも見られていない真夜中なんだから許すとして、

ガスも電気もお湯も使わず、
ソースや醤油どころか、お茶碗やお箸の用意も要らない。

なんと、その速さたるや、15秒もあれば小腹も膨れ、
これがまた、なんとも美味い。

この早業、今夜を含めて3度ほど挑戦したが、結構、である。

手順を紹介すると、

先ずは、○○を右手に持つ。
片端を親指に乗せ、もう方端を人差し指と中指に乗せる。

次に、炊飯ジャーの蓋を開け、○○で包む様にご飯を摘まみ、そのまま口に放り込む。

これを数回、繰り返せば、それで結構、満腹となる。

この、○○。
もうお分かりでしょう。。
nice!(0)