So-net無料ブログ作成
検索選択

安土小学校の卒業式

早朝より、同窓会の会長として卒業式に参列した。

例年は勝手ながらもパスしていたが、今年は校長からの再三の要請もあり、もう一つは、これまで合併騒動で町内がギクシャクしたから、『卒業式までもが混乱してはいけない。』との思いもあり出席した。

本年度の卒業生は85人。
『少なくなったなぁ~。』が、第一印象だ。

もう随分と昔だが、私の頃の卒業生は、150人近かった。
それも、当時の町内の人口が、現在の3分の2の約8,000人だったのだから、如何に子どもが減って老人が増えたか、が推し量れよう。
超高齢化社会を支えねばならない宿命が、この子ども達に覆い被さっていると思うと、ついつい、不憫さを感じてしまった。

卒業式は、昔ながらに生徒の名前が呼ばれ、一人一人に卒業証書が手渡される。

その名前であるが、コジャレタ、と云うか、変わった名前が、なんとも多い。

『いったい、どんな顔をしとるねん?』
と、その都度、顔が大写しになったスクリーンを覗き込む私であったが、

『ふむ、顔や雰囲気は、太郎君と花子さん。
 昔のまんまのボンチとオジョウやわ。』と、安堵した。

校長の祝辞は、なかなか立派だった。
それにPTA会長の溝井君も、ぎこちないながらも自分の言葉で話せ、これも良かった。

今年の卒業生は、恒例となった「安土っ子フェスティバル」とか、その他、様々のイベントが新型インフルエンザの影響で中止になってしい、「かわいそう。」である。それでも、どんな事態の中でも、子どもは溌剌として、頼もしい。

と、こんな風に思っていたら、つい私は、淡路阪神大震災の子ども達を思い出した。

それは、焼け野原と化した街の中で、ポツンと残ったモトヤマ第一小学校の校舎。
呆然と立ちすくんでしまいかねない状況の中でも、復活の知恵を絞り、汗を流した大人たち。

震災地へ出向いた安土救援隊での体験風景であるが、そんな中でも子どもたちは元気だった。
平和な日本に暮らす私達には、それが絶望の淵かと思われる程の貧しい後進国の中とか、また戦火の中であったとしても、それでも子ども達は元気で逞しく、これまで幾度も明日を築いて来た。

嘆き悲しむよりは、知恵を絞り、汗を流す。

単に、守るのではなく、
   育むべきは、自らの勇気と子どもの元気なんだろう。

そう、思う。

さぁ~て、かく言う私、もっともっと元気になろう。
nice!(0) 

ホスピタリティの先には感動がある (その1)

先週、リッツ・カールトン東京の元支配人氏の講演を聞いた。
ホテルマン、である。
内容は、「ホスピタリティに付いて。」

 = = 以下は引用 = =

【サービスとホスピタリティの違い】
サービスの語源は、ラテン語のServus(奴隷)です。
サービスは語源の通り、サービスを受ける立場が主であって、サービスを提供する方は従ということで、主従関係がはっきりしていると言えます。

一方で、ホスピタリティの語源は、ラテン語のHospics(客人等の保護)です。これらは対価を求めているのではなく、おもてなし・喜びを与えることに重きをおいている点が大きくサービスと違います。ホスピタリティにおいて重視されるのは、人間性や信条、個性、感性などであり、報酬を求めての行動ではありません。おもてなし・喜びを通じて、報酬は結果としてついてくるという考えです。

   = 引用閉じる = 

以上は、引用であるが、いま一つ、説明不足で分かりにくい。

↓に、サービスを視覚化した。

(満足度-)←―――――――― 0 ――――――――→(満足度+)

「サービスを増やせば、顧客の満足度がその分だけ増える。」のである。

弊社に当てはめるならば、5万円のフトンを特価3万円に値引きすれば、お客さんは喜び、大満足して貰える。
しかし、その次の「売り出し」で、同じく3万円で売ったとしても、『なんや、前と同じか~』と思われるだけで、満足をして貰えない。

<font size=5 color=blue>繰り返しが効かない。</font>

だから、次の手は、5万円のフトンを2万5千円へと更に値引きするしか、打つ手がない。
次々とサービス(価格競争等)を追い求めれば、最終は、1円になり、
<font size=5 color=blue>会社の経営は苦しくなる。</font>

それでも、経営を成り立たせる為に「どうしているのか?」と言えば、(1)コスト削減や合理化等(2)何処かを手抜きをする。(3)それを目玉商品して、客引きに使う。

今やどの会社でも(1)は、充分に進んでいる為に、(2)に近づく危険性が大である。

さて、「サービス」は以上であり、注目べきは、リッツの支配人の言葉【リッツは、サービスをしない】だ。

そこに登場するのが、ホスピタリティ。

先程のサービスのグラフに、ホスピタリティを落とし込むと、以下である。
nice!(0) 

ホスピタリティの先には感動がある。 (その2)

           ↑

(-)←―――― 0 ―――――→(+)
               
           ↓

(0)から上下に伸びたベクトルが「ホスピタリティ」<font size=5 color=blue>感動の縦軸</font>である。

お客さんの一人一人は、それぞれ求めていたり困っておられるコトが違うから、当然、その対応も違う。

単に「いらっしゃいませ。」と迎えるのではなく、「○○さん、ようこそいらっしゃいませ。」と言うだけでも、随分と受ける印象が違ってくる。

だから、接客する従業員は、「どうすれば、お客様に満足して頂けるのか?」を、絶えず考え、能力を高めるモチベーションが求められる。

一般的に、接客業であっても、従業員は、取り立てて用事のない場合は、さぼったり怠けたりする場合が多いが、ホスピタリティを主眼にすれば、そんな暇はない。

と、ここまでは経営者に都合の良いように見えるが、実は、そうではない。

<font size=5 color=blue>経営者も、ホスピタリティを目指せねば、この仕組みは定着しない。</font>

会議で、
経営者は「昨日の売り上げは、どうだった?」とか、「誰が幾ら利益を上げたか」とか、売り上げ追求、利潤追求をしているようでは、言っていること(ホスピタリティを大切にしよう)と、取っている行動が違い、従業員は混乱する。

これは、私自身も、大いに反省しなくてはいけない。

利潤追求の為に、ホスピタリティを、自分の都合の良い様に利用してしては、偽物のホスピタリティであり、ホスピタリティ自体も破綻する。
利潤は目的ではなく、あくまで結果だ。

ここまで読まれた方は、
『なんや、綺麗ごとを言うとるなぁー。』と思われるかも知れないが、ホスピタリティの話しを深める為には、「会社とは何ぞや?」から、始める必要がある。

以前、村上ファンドが話題になった頃、会社は誰の為のもの、株主のものとか騒がれた。

会社は社会の構成員として存在するが、
【会社が理解するところの社会とは何ぞや?】を明らかにする必要がある。

会社で言う社会とは、
先ず、核として、社員とその家族が在り、
次に、取引先とその家族、そして、お客様とその家族、である。

だから、会社は、社員、取引先、お客様の幸せを希求する存在であり、その為のホスピタリティを、接客に於いても、もの作りに於いても、磨くのである。
nice!(0) 

卒業旅行

卒業旅行は、勿論、私でなくって息子の話し。
どうも、明日から行くらしい。

なんでも、東南アジアで、10日間ほど。

「お小遣い頂戴」と言われ、
「幾ら、持っている?」と財布を覗けば、千円札が3枚ほど。
「バイト代は?」と聞けば、「飛行機代に消えた」とのこと。

私「うーん、ホテルは現地調達で一泊500円くらい。一日千円として、1万円か?」と言うと、
「1万円♪1万円♪」と歌い出す。

ケチみたいだが、これが私の教育方針。
金を与え、甘やかすに程に、子どもは阿呆になるのだ。

四月から、いよいよ社会人。
と云う事で、『そろそろ、最後の小遣いかもな~』と思う。

『そんなら、奮発して2万円、やろうか・・・』と、只今、思案中。
nice!(0)