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今日は、大祖母さんの命日

京都の叔母から電話あり。
「今日は、大ばあさんの命日だから、お墓参りをするように。」とのこと。

叔母は、私の中学校の入学式に京都に嫁いだものの、それまでの間、ずっと私の母親代わりであり、この歳になっても、未だにあれこれと心配をして呉れる。
私の場合、誰かから、「あれを、しなさい。これは、駄目。」なぞは、殆ど言われる事なく、また、例え言われたとしても、聞く耳を持たないだろうと思われるが、しかし不思議なことに、叔母に言われると何でも素直に聞けるのである。

さて、大祖母さんにとって私は曾孫である。

彼女は、不幸なことに、連れ合いにも子どもにも、更には孫の嫡子にも先立たれ、私の父親は、彼女にとっては孫の中では次男坊にあたり、私はと言えば、辻家にようやく生まれた跡取り息子だ。

聞くところによると、歳老いても尚、背筋をシャンと伸ばした長身の女性であったらしく、黒塗りの乳母車に私を乗せ、可愛がって呉れたらしい。
私には、大祖母さんの記憶は定かでないが、『きっと、京都の叔母の様な女性だったのだろう。』と、想像している。

叔母の言葉の、「大祖母さんは、あんたが参って呉れるのが一番嬉しいんやからね。」を噛みしめつつ、花をたくさん買い、お参りして来た。

明治、大正、昭和を気丈夫に生き抜いた大祖母さんに手を合わし、「私は元気で頑張っております。」と報告した。
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またまた散歩の話し

<Img Src="http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/240.gif" Align="left" Hspace="20" Vspace="20"> 写真であるが、見る角度でよって、被写体が何であるかが違ってくる。

もしも、橋の上から川を覗き込んでの写真とするなら、真ん中の黒い物体は、鯉とかの魚の類だろうし、反対に空を見上げての写真だとしたら、鳥の類なんだろうと推測される。

青い色は、空と雲なのだが、しかし水面に空が映っているとも考えられる。
形からすると、これは魚みたいであるが、しかし魚が泳いでいるとするならば、波も立っている筈で、やっぱり、空だろうか、と思われる。

で、正解は、今日の散歩途中で撮った雲雀の写真。
雲雀の羽は高速回転でバタバタだから、写真には写らないらしく、鯉の様に写ったと思われる。

本当は、昨日に見付けた合鴨を近くから写そうと出かけたのだが、出会えなかった。しかし、それ故に、あの合鴨は天然のものと判明したのだから、それなりの価値はある。

さて、
この頃の私であるが、鶯の啼く場所は何処で、合鴨は何処で、白鷺、雲雀の居場所に至るまで、モノ知りである。
もっと言うと、ツバメの巣の様な簡単な場所から、蛍が集まる秘密の場所とか、色々と知っている。

この様に書いていると、ついつい、昔を思い出す。
小学生の頃には、セミとかカブト虫の居場所、魚の良く釣れるポイント、大きな団栗(どんぐり)の採れる場所やスベリ山の位置など、知っていればいる程に自慢だった。

振り返れば、あれから、もう半世紀近く経っていると云うのに、『うん、どうも、余り進歩していないなぁ。』と我が事ながらも思ってしまう。

あれから、随分と生きたから、例えば、美味い寿司屋とか美味い天麩羅屋、鰻を食うならどこそこで、鴨鍋、しゃぶしゃぶ、焼肉からラーメン、炒飯に至るまで、それなりに知ってはいるが、本質は、どうも子どもの頃のマンマと言っても過言じゃなかろう。

『人は歳を重ねる毎に成長するものと、これまで思ってきたが、どうも、そうではない、のかも知れない。』と、この頃、時々思う。

勿論、「何を持って成長と見るか?」とか、「成長とは、なんぞや?」とか言い出すと、話しが長くなるので止めにするが、早い話、「人の喜びみたいなものは、他愛のないものなんだろう。」と思うし、同時に赤塚富士夫さんの言葉を借りるなら、「それで良いのだ。」だろう。
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合鴨

<img src=http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/239.gif>

昨日と同様、散歩途中に携帯電話で撮った写真だ。

何を狙ったかと言えば、安土中学校でも田んぼでもなく、田んぼのやや右寄りに写っている2つの黒い物体である。

この物体は生き物で、本当は私のほん手前に居たんだが、携帯電話を取り出し、カメラにセットしている間に、足音に警戒したのだろうか、どんどんと離れてしまった。

『へぇー、ここで、合鴨農法かいな?』
と思うも、周囲に網が張ってある訳でもなく、どうも、びわ湖から勝手にやって来たものらしい。

= = = = = =
合鴨は水田に生い茂る雑草が大好物で、しかも旺盛な食欲だから、鴨にも稲にも好都合であることから、合鴨農法があり得る。

○ アイガモを放飼することにより、雑草や害虫を餌として食し排泄物が稲の養分となり、化学肥料、農薬の不使用によるコストの低減および、化学肥料による稲の弱体化を回避出来、病虫害の低減を計れる。
○アイガモが泳ぐことにより土が攪拌され根を刺激し肥料分の吸収が良くなるなど、中耕により稲穂の成長を促進する効果がある。
等など。
= = = = = =

農水省が2002年の農薬取り締まり法の改正に際し、「アイガモは雑草も稲も無分別に摂食するために、同法が定義する農作物を害する害虫や雑草を防除するものではない」という見解を示したのであるが、なんの、この鴨君たちは、稲の苗を摂食など一切しないお利口さんであった。

以上は、折角だからと少し調べたものだが、ちょっと外に出るだけで安土では、自然界の発見が結構出来る。

野性の生き物を見つけると、それなりの歓びが湧くものだが、しかしカラスだけは例外だ。
先日には、ねむはーの回廊のツバメの巣を攻撃され、それからと云うもの、私はカラスを見付ける度に、追い払っている。

最初は、手を叩けば逃げたのだが、直ぐにそれも効かず、石を投げるも届かず、棒も届かずで、苦戦中だ。

『よし、こうなったら、パチンコ(ゴムチュウ)で撃退しかない!!』と、作るか、買おうかを迷っている。

<img src=http://homepage3.nifty.com/hungryhunter/slingshot/05_03.jpg>

『うーん、他にカラスの撃退法は?
 なにか、天敵を増やせば良いのだ。
 天敵? うーん、青大将はどうだろう。
 カラスの卵を次々と食ってしまえば、こうは増えまい。』
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なんとも健全な気分転換。

近頃の私の夕方は、犬の連れての散歩が日課である。

禁パチをして以来、はや半年近く経過した訳だが、
『なんとも健全な気分転換だよなぁ~』と、我が事ながら、しみじみ思う。

先日、シーピーが老衰で死んでしまい、喜んで呉れるのはジャム一匹だけになってしまった。

今日も、6時半過ぎに散歩をした。

30分程度だが、色んな野鳥に迎えられた。

ツバメと雀は相変わらずであるが、この頃は雲雀もチッチッと騒がしい。
普段は上空を飛んでいるが、今日はほん近くに舞い降り、まるで『挨拶かい?』と思ってしまう。

少し気分良くなり、中学校を超えて、山沿いへ行けば、なんと鶯が甲高い鳴き声で「ホーホケキョ」。
鶯と言えば、「梅に鶯」が思い浮かぶが、初夏も鶯らしい。

いつも思うのだが、この時期の安土は美しい。
山の木々がしっかりと緑をなし、野鳥も飛び交い盛んに鳴く。
雨が近づけばケロケロと蛙の大合唱も始まり、彼方から吹き来る風が爽やかに私を舐めては包み、そして去り往く。

田んぼには水が張られ、苗は日々に育ち、鏡の様に観音寺山や安土山を映し出す。

何時間もPCに向かって企画書を書いているこの頃の私であるが、視力も聴力も、そして脳までにもビタミンを得た気分になる。

見渡す限り私一人、
『おぉ、なんて気持ち良いんだ。』と、つい私は狼の遠吠えの真似をする。
喉をラッパの管にして、裏声風に、「UooOuooooOuooo」だ。
すると、ジャムが「ナニ?」と驚く。

日が落ちて来ると、夕焼け空に見惚れる。
やや左端の明るい光が、ねむはーの看板。

<Img Src="http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/238.gif" >
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突然、訪れた自由研究 (その1)

昨日、昼の一時ごろ、
ねむはーのニ階から駐車場を見れば、自転車が一台停まっていた。

『大塚さんのお爺さんが草刈りかな?』

しかし、見たところ姿がない。
なにせ、90歳を超えて、だから、『もしや?』と心配になり出向いたのだが、奥の方で休んでおられた。

「ご機嫌さんです。」と、ペットボトルのお茶を差し出し、私も土手に座る。
ここは、ねむはー前の道路向かいの駐車場で、大家さんが大塚さん。
敷地の3分の一ほどにイチジクやミカン等の木が植えられ、ちょっした果樹園になっている。

私「良い天気ですねー。もうイチジクも実がなってます。」
お爺さん「夏になって熟れたら、どうぞ食べてやって下さいよ。」
と二人して心地良い陽気を堪能していると、ブンブンと蜂が騒がしい。

見たところ、ミツバチらしい。
『ミカンの花が咲きだしたから、集まって来たんだろうか?』と思ったりだが、しかし、プンプンの羽音が騒がし過ぎる。

『うん? 興奮状態に近い。。』
果樹園の空いっぱいに、ブンブンブン!!!なのだ。

『なんか、おかしいぞ・・・』と、注意を凝らせば、

<Img Src="http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/230.jpg" Align="left" Hspace="20" Vspace="20">柿の木の根元に、無数のミツバチが群がっているではないか!!
その数や優に千匹を超えていると思われ、柿の幹が二倍近く盛り上がっている。

この時には、空中にも柿の木にも無数の蜜蜂が興奮状態でブンブンブン。
それから20分もすれば、横に広がった「ミツバチの塊り」が縦に伸び出し、球状へと変形した。

<img src=http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/237.gif>

これが、球状のミツバチ群。(ねむはーを向いて撮った写真。)

<img src=http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/236.gif>

ねむはー側から、果樹園を向いて撮った写真で、奥に見えるのがお爺さん。

<img src=http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/231.gif>

『いったい、これは何だろう?』
と、好奇心旺盛な私は、早速と調べたところ、これが<font size=5 color=blue>分蜂蜂球(ぶんぽうほうきゅう)</font>であった。。

この塊りの中に巣がある訳ではなく、中までの全部がミツバチ。
新しいミツバチがやって来ては、中に潜り込み、内部温度は36度に保たれ、その中心に、女王蜂がいる。

(下へ続く)
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突然、訪れた自由研究 (その2)

(上からの続き)

分蜂蜂球を見付けるのは、なんともラッキーなことらしい。
そんな訳で、昨日はカメラ片手に、ずっとミツバチ君と向き合った。

研究成果を掻い摘んで披露すれば、
ミツバチの群れは、女王蜂一匹に働き蜂(雌)と雄蜂で構成され、その群れの数は1000匹を超える。

働き蜂の寿命は1カ月で、ロイヤルゼリーだけを食べる女王蜂は3年から5年と長く、毎日、1,500個~2,000個の卵を産み続ける。
ミツバチだけでなく自然界の生物を観察すると、その生態たるや、なんとも凄まじく、また残酷にすら思えもするが、どうもそれは人間だけの感傷らしい。
嘆くよりは寧ろ、彼らの生命力を讃えるべきだろう。

種の保存からすれば、群れ(一族)の個体数が幾ら増えたところで、それ程に意味が無く、この「群れ」自体が増える事に大きな意味がある。

そこで、群れの個体数が数千ともなれば、新しい女王蜂が誕生することになり、古い女王蜂は、新女王蜂が孵化する寸前に、半数の一族を引き連れて旅立つ。

<img src=http://www.3838.com/mitsubachi_park/images/lifstyle_images/hikukosi02.gif>

これが、分蜂(分封)であり、会社に喩えるなら支店とか営業所を作るみたいなものだ。
さて、このミツバチの塊りを、網などを用いて女王蜂ともどもソックリ捕獲して、巣箱に移せば「養蜂家」になれるらしい。
しかし、今更私が養蜂家でもあるまいし、また巣箱の作り方も知らないから、知人の養蜂家に連絡をとったところ、「生憎、家(うち)が扱っているのは日本蜜蜂じゃなくって西洋蜜蜂なんです。」であった。

そんなこんなで、日が暮れ、そして本日もまた、駐車場へと観察に行った。

<img src=http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/233.gif>

午後12時30分、彼らは新たな巣を求めて、ブンブンと「旅立った。」
彼女らと彼らの大群は、渦の様に回りながら先鋒隊が待つ目的地へと移り去った。

よく見て頂くと分かるが、空に点々と黒いのは画面の汚れなんかじゃなくって、ミツバチ君たちの群れである。
中でも、一際大きな蜂が女王蜂らしいが、残念ながら識別出来ず、であった。
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五月晴れか?

少し肌寒くはあるが、本日は爽やかな一日だ。

昨日までの雨もあって、五月晴れとはいかないまでも、青空と白い雲が織りなす絵柄は美しい。

私はと云うと、
選挙も終わり、連休間の葬儀続きも一段落し、この一週間は仕事に充実した。

4年前に取り組んだカタログハウス社の【近江本麻布団】は、今年から【ピカイチ辞典】にも掲載して頂ける運びとなり、更には今年に開発した【近江本麻敷パッド】並びに【近江本麻枕パッド】は東急ハンズの全店で展開して貰えた。

さて、この「麻」であるが、人間と一番古い付き合いである(8,000年)に拘わらず、これが中々に難しい。
例えば、もめんの場合はコットン・ボールであり、羊毛だと羊の毛と云う具合に、それなりに想像が出来るが、「麻」の場合は、植物(リネンは亜麻、ラミーはチョマ、ヘンプは大麻)中の「スジ」だから、想像が付き難い。

少し格好良い言葉で表現すると、
「もめん」とか「ウール」とか「シルク」とか、また「合成繊維」などは、そのままで繊維(ワタ)であるが、
<font size=5 color=blue>「麻」だけは、作って初めて繊維(ワタ)になる。</font>のである。

だから、麻ワタの良し悪し、また優劣に付いては、「麻つくりの技術」がモノを言い、その差異は、格段の開きがある。

なにも8千年の昔に遡らずとも、ほんの百年ほど前まで私たち人類は、植物の茎を叩き、扱き(シゴキ)、川に漬け、腐らせては余分な組織を取り除き、またまた叩き、扱いて、ようやくと麻の繊維の一本一本を取りだし、それを縄に編んだり、布を紡いだり、したものだ。

これが、麻なのだ。

弊社の自信作であるところの麻綿は、長繊維で、しかもクリンプが掛かっている為に、ふっくらして、ワタ切れのしない、超一級品である。

これを、写真撮りして、一目で比較可能にし、更には検査データーも付けて、企画書づくりをしている。

「麻を語らせたら、ひょっとして私は日本一かも知れんぞ。
 いや、そうに違いない!!」
と、元来、自惚れが強い私は、そう呟きつつ仕事をしている。

と、こんな調子だから、本日の空の青さが大層心地よい。
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祝 還暦&誕生日

<Img Src="http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/228.gif" Align="left" Hspace="20" Vspace="20"> 京都の叔母から、還暦のお祝いの昆布を頂いた。
『日頃 お世話になっている方々にお配りしなさい。』との旨で、25袋の一袋ずつに【祝還暦】と筆書きされていた。

叔母には、いつも気遣って貰い感謝している。

早速にお礼の電話をしたところ、伯父さんが出られた。
お礼を述べた後、「還暦になってしまった私ですが、まだまだ40代の気分なんです。」とお話しすれば、伯父さん曰く「そうだよ、このご時世では、60歳なんてまだまだ若造なんだから、気を若く持ちなさい。」に、『ふむふむ、、未だ若造のマンマで良いんだ~』と、随分気楽になった私である。

さて、この連休であるが、お葬式が3つも重なってしまい、連日、黒ネクタイの日々であった。
友人、仕事関係、そして親戚と、昨日までの4日間はお葬式を専らとした。

お葬式に参列する度に思い起こす言葉がある。
もう40年程前だろうか、叔母から言われた「タカシ、お葬式にはどんな用事があろうとも、必ず参列しなさい。」である。
参列している時には、この言葉をニコニコしながら思い出す私であるが、所要の為に失礼した時には、それが逆に負い目となり、結構と長く引き摺ってしまう。

人の言うコトに対して全く聞く耳を持たないとも思われている節の私であるが、不思議と叔母の言う事だけには、お利口さんになれる。

<Img Src="http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/227.gif" Align="left" Hspace="20" Vspace="20">
これは昨日、社員が用意して呉れたバースディ・ケーキ。

11時に告別式に出た私だから、遅くても13時には会社に戻るだろうと、当日に休日の社員も出向き、待っていて呉れたらしい。

「未だですか?」のメールに、
「未だです。」との返答で、結局、帰ったのは夜。

その内に、「社長の分だけ冷蔵庫に残して、皆で食べました。」のメール。
後で聞いたところ、ロウソクの火は、店長が代わって消したとのこと。

そんなこなんで、本日は、還暦を終えての初日。

うーーーん、差し詰めの目標は、
 「目指せ!! 120歳」としようか。

以上、目出度く還暦を迎えた私ですが、これまで同様によろしくお願い申し上げます。
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