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県議選・公開討論会 (その1)

昨夜、県会議員立候補予定者の【公開討論会】を開催した。

簡単に言えばコレだけの話なのだが、開催にこぎ付けるまでに、かなりのパワーを要した。
3月20日から3月24日の夜に至る丸5日間は、かなりの抵抗に遭い、ある意味、戦闘モードであった。

近江八幡市からは3名が当選し、そこに5名が立候補を予定している。それぞれが横一線で、誰が当選しても不思議ではない。だから、それぞれの候補者の陣営は、この公開討論会が、どんな意味なり意図があるのか、疑心暗鬼になるのも、ある程度は理解できる。
もちろん私としては、公正を原則とし、なんの他意もないのだが、『そんな筈はない…』と思えてしまうのだろう。

そんな気持ちは察せはしても、「止めろ」と言われれば、断じて止める訳にはいかない性分ゆえに、尚更に発奮して、頑張った。

25日に、なんとか候補予定者の5名全員の参加が見込めるに至り、昨夜、開催した。
しかし、開催に至る経過が複雑怪奇であった為、当初に予定していた商工会長による挨拶も頼めない事態となり、私がコーディネーター兼務で、挨拶をした。

挨拶は、以下。

(下に続く)
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県議選・公開討論会 (その2)

(上からの続き)
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本日は、ご来場賜り ありがとうございました。
只今 紹介に預かりました安土経済塾代表の辻貴史です。

ご挨拶に先立ち、東北大震災の被災者の皆様にお見舞い申し上げます。
今や、日本中が深い悲しみに覆われ、私は、まるで日本人全員が喪に服しているような気がします。

私たち安土町民は、地震こそ受けませんでしたが、合併の是非に苦しみ、町民の心さえもが真二つに引き裂かれました。
合併後一年の安土が統一地方選挙を迎え、今回は、その最初の選挙です。
選挙区が変わり、また安土町から立候補する者もありません。

そんな中で、有権者は、混乱、戸惑いを隠せず、また候補者に馴染みが薄いことから、選挙に対する関心も低く、それが政治に対する無関心に繋がりはしないかと、心配しています。
同時に、候補者の皆さんは、安土は票田として全体の六分の一しかない為に、票を集めるだけで、このままでは、安土に対する政策なり思いが疎かになり、私たちに伝わらないのではないかと、心配をしています。

東北の復興が待たれるように、安土も再構築しなければなりません。
そんな思いから、今回の公開討論会を立ち上げましたところ、5名の立候補予定者の全員にご出席頂きましたことを、先ずもって御礼申し上げます。更には、この様に多数の皆様方のご出席を頂きましたことを、心よりお礼申し上げす。
今回、滋賀県議会議員選挙に、壇上の5名様が立候補される予定です。

<b>しかし、選挙の主役はこの候補者の方々ではありません。
有権者の皆様方のお一人お一人こそが主役です。</b>

これは父親の町長選挙を20年間、5回経験した中での私の考えです。

私たち有権者は、候補者の政策なり人柄は言うに及ばず、名前も、顔も、声すらも知らないままに、投票日を迎えてしまっては、とても主役の座は務まりません。本来なら、有権者が、それぞれの個人演説会の会場を全部訪ね歩くのが筋かも知れませんが、実際は、そうはいかないのが実情です。
そんな意味から、本日の公開討論会を開催した次第です。

なにぶん、初めての試みであり、本業でもなく、慣れない仕事ですので、行き届かない点が多々あろうかとは存じますが、「公正」を大原則に務めさせていただきます。
皆様のご協力をお願いしまして、ご挨拶とさせて頂きます。

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(下に続く)
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県議選・公開討論会 (その3)

(上からの続き)

そして、候補予定者への質問は5項目で、安土経済人塾のメンバーが担当した。

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西津善樹君 ○滋賀県においては、嘉田知事が2期目を迎えておりますが、嘉田行政に対して評価をお聞かせ下さい。更には、平成23年度当初予算編成時に209億円の財源不足が見込まれるなど県財政が逼迫する中、財政健全化に対してのお考えと、具体的な対応策、アイデアをお示しください。
                      5名の発表終了時に、「ありがとうございました。」

橋野浩一君○農業、工業、商業をはじめとする様々な分野で地域経済が疲弊していますが、これについてどのように受け止めておられますか。また、それに対してどのような対策をお考えですか。(時間の都合上、候補者の最も得意な分野で、具体策を述べてください。)

北林政久君○(私は2歳児の父親です。)福祉、子育て、教育、環境など住みよいまちづくりについて、どのような点を課題と考えていますか。また、それに対してどのような対策をお考えですか。(時間の都合上、候補者の最も得意な分野で、具体策を述べてください。)

高木敏弘君○合併に関して質問します。ご存じの様に、混乱の中で生まれた新市近江八幡市です。合併1年の総括、さらにはこれからの安土が進むべき道筋ついて、お答えください。

瀬海悠一郎君○県議会議員として、どのような分野で地域貢献しようとお考えですか。
(候補者各位が安土町ひいては新市近江八幡市に対して何をして頂けるのかを、できるだけ具体的に述べてください。)

最後に、もう一言。(制限時間は1分です。)

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新聞記事については、安土ブログにて。
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「みのむし毛布」&「備え」 (その1) [みのむしふとん]

震災のニュースに目が離せない。

テレビを通して悲惨な状況が映し出される度に無力感に苛まれ、もどかしさのあまり、つい憤りすら感じてしまう。

そんな中、カタログハウス社から「被災地に送るものがないか?」と打診を受けた。
個人では送れない現状だから、ありがたく協力する旨を伝えた。

<Img Src="http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/309.gif" Align="left" Hspace="20" Vspace="20">「みのむし毛布」100枚を本日、出荷し、以下のメールを添えた。

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阪神大震災の阪神大震災に支援に行った際に私が一番悲しかったのは、避難所となった体育館の光景でした。数百枚に及ぶ布団か所狭しと並べられ、プライバシーも守れず、寒さから人間を守る役割も果たせない姿が痛ましく、布団に携わる者として胸が潰れる思いでした。
この悔しさが心底に刻まれ、7年後の「みのむしふとん」の開発に繋がり、みのむし毛布も出来上がった次第です。
なんとか、被災者の方々にお送りする術がないものかと悩んでおりましたところ、御社より御申し出を受け、支援できる機会を頂けたこと、心より感謝申し上げます。
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なんとか、と思うが、私たちに協力できることは少ない。
そんな中、「逃げる途中、瓦にあたって死亡」なるニュースが引っ掛かっていた。

『防災ずきん…、しかし、いつも傍には置かないよなぁー。
 そもそも、地震なんて、忘れた頃に突然、なんだから…

 そうか! 咄嗟の時に、防災ずきんに早変わりするものが、あれば良いのだ。
 
 うん! それが座布団だったら、いつだって傍にあるし。』

と、3日前に思いつき、3時間で試作品を作り終え、本日、製品化した。

(下に続く)
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「みのむし毛布」&「備え」 (その2)

(上からの続き)

<img src=http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/297.gif>
これが、完成形で、

<img src=http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/298.gif>
これが、緊急避難時の使用例。

本品の名前は、備えあれば憂いなし、から「そなえ」。

作り方は以下である。

先ずは、50センチ×100センチの、ごろ寝座布団を作る。

<img src=http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/303.gif>

<img src=http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/305.gif>
     表面
<img src=http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/306.gif>
     裏面
<img src=http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/302.gif>

2つに折って、更に2カ所(手の位置)を一緒に綴(と)じる。
避難所に到着し、2カ所の綴じを外せば小さい布団にもなる。

<img src=http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/308.gif>

<img src=http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/310.gif>

↑ ↓ これが製品

<img src=http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/311.gif>

ちょうど、知り合いが来たので、モデルにした。

<img src=http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/299.gif>

<img src=http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/295.gif>

<img src=http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/296.gif>

<img src=http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/300.gif>

お世辞にも、格好良いとは言えないが、頭と肩が守れる。ふつうの座布団を被るのと違い、手が自由に使える。

中綿は、もめん綿500g入り。ポリエステル綿と違って肌触りもよい。
布団作り130年のワタセ製造だから、座布団としての機能は万全で、坐り心地も抜群。

通常、このサイズの座布団は2,500円以上だが、2,000円(税別)にした。

ついでに、私が被った写真。 皆に大笑いされてしまったので、削除。、
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大地震 at 東京 (その1)

東北関東大地震、被災者の皆様には心からのお見舞いを申し上げたい。
神戸の大地震が思い起こされる。

残念ながら、地震ばかりは何時まで経っても予知できない。
いつもは安土暮らしの私の筈なのに、仕事の関係で3月10日、11日と東京に居た。

早めに仕事を切り上げ、『銀座で少し買い物でも、』と、地震発生の午後2時46分ごろ、私はデパートの7階に居た。

一瞬、眩暈かと思ったが、「あっ、地震だ。」と、つい声が出た。

「大きい!」

インテリア売り場の照明が激しく揺れ、それを必死に止めようと背伸びする女店員。
何かの割れる音、「ガシャン。」
何かに掴まらないと、立っていられない。
フロアーのお客さんも、みんな柱に寄り掛かり、不安。

酷くて長い揺れが収まったかと思うと、また揺れた。

そんな中、50歳くらいの男性店員が、中央に歩み出て、
「ご安心ください。この建物は安全です。」と大きな声を張り上げた。

緊張した面持ちながらも、懸命に、もう一度、繰り返した。

『偉い!!』と、私は陰ながら褒めた。流石に三越の社員だけのことはある。
この言葉に、みんながどれほど安心したことか。

地震は、とっさの事故だから、その被害は致し方ない。
しかし、慌てふためいての二次災害は避けねばならない。

外に出れば、タクシーも拾えず、電車も動いていない。
『かえれなくなるぞ。』と、東京駅まで歩いたが、新幹線も動いていない。

携帯電話も繋がらないため、ホテル予約もできない。
仮に、できたとしても、歩いて到達可能な近場でなければダメ。

駄目もとで、帝国ホテル、第一ホテルまで歩いた。
歩きながら、街頭テレビで東北の悲惨な状況を目にした。

「家も車も模型の様に流されているではないか。なんて酷い光景なんだ。」と心が痛む。
『まあー、自分の場合、家も流されておらず、最悪でも、どこかで野宿だから、まだまだ恵まれている方だわ。』と、とろとろ歩く。

ロビーには、人だかり。
「今夜泊まれますか?」と聞くも、空き部屋などある筈もない。
こんな自分勝手な申し出にもかかわらず丁寧に対応できるのは、流石に一流のホテルマンだわ、と感心した。

『この大勢の人だかりの中には東北の被災地の方も居られるのだろうな。』と思うと胸が痛んだ。

(下に続く)
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大地震 at 東京 (その2)

(続き)

帝国ホテルのロビーにミネラルウォーターが積まれていた。
愛想良くボーイさんが手渡している。

『ほう、炊き出し…?』
神戸へ炊き出しに行った経験はあるが、受けるのは初めてだ。

ありがたく頂戴した。

さあ、こうなったら先ずは腹拵え。
店員さんも帰りが心配だろうに…、であるが、普段と変わらない対応がありがたい。

腹が膨れ、それに、薄目だがコートを持って来ていたから、どこでも朝を迎えられる。

約40年ぶりの彷徨
昔は金もなかったから、始発がくるまで、よくさまよった。

よし!!それじゃ、これから映画でも観よう。
と、行くも、有楽町の映画館は6時で閉館。

『なんや、こんな時こそオールナイト上映やろう!
もしも俺だったらオニギリ・お茶付きで頑張るのに。』と少々憤慨。

仕方なく街を迂路ついた。

まだ夕方の7時だというのに、早くからシャッターの閉まっている店舗が目につく。
『なんや?マツモトキヨシ。いつもは遅くまで開けてるのとちゃうんか。こんな時こそ、しっかり働いて貰わんと…」と、独りぶつぶつ。

高速道路が閉鎖され公衆電話にも長蛇の列。
「電車もバスも動かないなら自転車で帰ろう」と、自転車屋さんが繁盛していた。
人の役に立ってこその、仕事なのだ。

都の方では即座に対策が立てられ、避難所が用意されたらしいが、行政頼みだけでは事態の収集は難しい。
なんでもマニュアル化の時代だが、1万人いれば1万通りの不具合があり、紋切型の対応には限界がある。

行政任せではなく、それぞれが自分のできる分野で何ができるかを考え、即座に対応することが肝心だ。
仮に、上司や総理に不信感を抱いているとしても、今は自ら考え、得意とする分野での最善を実行すべし。

人の役に立ってこその、人生なんだから。

7時過ぎ、道路から新幹線が動いていたのが見えた。
『あれ? 動いた…?』

新橋駅で駅員に聞くと「わかりません、東京駅で聞いて下さい。」
『ふーん。、』であるが、東京駅まで歩く。

「先ずは新幹線に乗ろう。あとは、その時考えよう」
その後、なんとか乗車が叶い、日が変わって家に着いた。

さて、今夜は、大津プリンスで、湖国寮のOB会。
疲れと、そんな気分になれずで、欠席。

それにしても、あのミネラルウォーターの味は忘れられない。
思い出せば、目頭が熱くなる。

会費は、救援金へ。
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ジュン、19歳。(なんとか400字まで)

ずっと犬や猫と一緒だった。
子どもが巣立ち、昨年に18歳の犬を亡くし、今や家族は夫婦二人と猫2匹と犬1匹だ。
会社も家族も同じ仲間で過ごす時間は一瞬だな~と、つくづく思う。入れ替わりが世の常らしい。

猫のジュンは19歳、人間だと102歳に相当する。
食欲旺盛だったのに、今年に入ってから催促はするが食べない状態が続いている。
ハードタイプのキャッツフードが缶詰に代わり、今や牛乳とツナ缶を少し舐める程度。
歯が抜け、腰も落ち、シャンとお尻を上げていた頃が嘘のようだ。
それでも私の起床時間に合わせ、部屋の前の板張り廊下で待っている。
「もう、いいから。」と言って聞かせるが、この習慣を変えない。

『なんとか冬を越せよ。』と願っていたところ、ようやく3月に入った。
ジュンが一番なついていた末っ子は、昨年から社会人になり九州暮らし。
「5月の連休には帰ってくるからな。」と息子の帰りを待っている。
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ジュン、19歳の冬

ずっと犬や猫と一緒だった。
3人の子どもたちがそれぞれに巣立ち、昨年末に18歳の犬が亡くなり、家には夫婦二人と猫2匹と犬1匹だ。

<img src="http://www.watase.co.jp/cgi/view6/viewdata/291.gif" align=left hspace=20 vspace=20>
会社も学校も家族も同じ仲間で過ごす時間は一瞬だなと、つくづく思う。メンバーの入れ替わりが世の常らしい。無常とは良く言ったものだ。

さて、犬猫3匹の内、一番気に掛けているのは猫のジュンだ。
今年で19歳になり、人間だと102歳に相当する。

食欲が旺盛で、一昨年から痴呆症が出たらしく、目が合う度に、「腹が減った、飯を呉れ。」の連発に閉口したが、今年に入ってからは、催促はするが食べない状態が続いている。

若い頃には、ハードタイプのキャッツフードをポリポリ食べていのに、それがソフトタイプの缶詰になり、今や牛乳とツナ缶を少し舐める程度と元気がない。歯が抜け、腰も落ちて、シャンとお尻を上げていた頃が嘘のよう。

写真は、部屋の前で撮った。
私の起床時間に合わせて、いつも待っている。年老いても寒くてもである。
「もう、いいから。」と言って聞かせるが、習慣を変えない律儀者。

『なんとか冬を持ちこたえて欲しい…』と願っていたところ、3月に入り、ようやく温かい日差しも差して来た。
ジュンを一番可愛がっていたのは末っ子で、昨年から社会人になり九州暮らし。
「ゴールデンウィークには帰ってくるからな。」と励ましている。

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以上、「400字まで」のつもりで書きかけたが、500字を超えた。
と言うのは、先月から、新聞屋さんから出る地方紙の原稿を頼まれ、引き受けているのだが、これまで1000字に慣れている為に、短い文章が、どうも書きにくい。
先月なんかは、400字までと書いた積りが、800字にもなってしまい、字数を削るのに随分と苦労した。

肥えるのは簡単だが痩せるのは苦労する、と言うことかも。、
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