So-net無料ブログ作成

トレたま出演 [みのむしふとん]

4月26日、テレビ東京のWBS(ワールド・ビジネス・サテライト)に生出演した。
午後11時からの生放送だから集合が午後9時。
だから安土出発も午後4時過ぎと、私には好都合の時間帯だった。

テレビでは、やっぱりノリが一番かと成り切ることに務めた。
『表彰されるんだから、ニコニコしなければ…』と、笑顔で臨む。

出演している私には、どんな風に映っているのかが分からない。
『果たして、テレビ映りは…どうだったんだろうか?』と気になり、収録を終えて携帯電話をみると、ポチさん、散髪屋の浩ちゃんをはじめ友達から「男前やったでぇー」メールを頂いていた。

『そうか、そうか、うんうん。。』と、お世辞だとしてもやっぱり嬉しい。
友人から、「ちょっと、にやけ過ぎやん。」と突っ込まれ、『やっぱり…』とも、思う。

更に嬉しかったのは、なんと放送中に、早速、ワタセの楽天サイトから「クワガタ」の注文が入っていて、翌日も全国から問い合わせの電話がいっぱい入る。やっぱり全国放送の威力は大きい。

テレビ出演での表彰、「クワガタ」の宣伝も嬉しかったが、個人的には、もう一つ楽しみがあった。
それは、キャスターの小谷真生子さんに会えること。実は、彼女がニュース・ステーションに出演されて以来のファンなのである。



収録が終わった後、小谷真生子さんが私たち3名の待つ報道局の応接間まで、わざわざお礼に来て頂いた。
『みんなに心配りのできる方なんだなぁ~』と感心した。

「一緒に写真をお願いできますか?」と頼んだものの、あいにくデジカメを持っていない。「アチャー」である。

隣をみれば、[丸い氷]を作る銀賞の近藤さんがデジカメを持っておられ、
「ごめん、貸して貰える。」とお借りし、めでたく撮影。
そして今日、画像をメールで送信して貰った。
「近藤さん ありがとうございます。」

サンモトの幡野氏も、私同様と、小谷さんのファンで、彼から、生小谷さんの様子を調べてくる様にと頼まれた。
『最近、ぽっちゃりされたのでは…』とか、『いつも上半身しか見えないから、スタイルはどうなんだろう…』とかである。

生小谷さんは、テレビで映るよりは、ずっと、ほっそりされ、ずっとお美しいお方で、スタイルもスラッーとされていました。 ご報告です。

さて、本日は、お客様からお祝いの花束を頂いた。



出演から2日経つが、まだまだ嬉しい。

 




 


nice!(0) 

「ベスト・オブ・トレたま」 受賞できました。 [みのむしふとん]

応援して下った皆様、そしてテレビ東京WBSスタッフの皆様、ありがとうございました。

おかげさまで、トレたま3,000回スペシャル「ベスト・オブ・トレたま」受賞できました。
これまでの「トレンドたまご」放送3000回の中から金賞、銀賞のベスト3を選ぶ企画で、その候補の15作品に選ばれただけでも嬉しかったのですが、なんと、受賞できたんです。

<a href=http://www.tv-tokyo.co.jp/wbs/toretama3000/index.html?movid=20010409>こちらが、その投票ページです。</a>

付きましては、明日の日曜日の12過ぎに、テレビ東京さんが弊社に撮影に来られ、26日(火曜日)PM11時~12時放映の<a href=http://www.tv-tokyo.co.jp/wbs/>WBS(ワールド・ビジネス・サテライト)</a>に、私も生出演できると言うオマケ付きです。

お近くの方は、明日の12時過ぎから「ねむねむはうす」で収録がございますので、どうぞご見学にお越しください。
収録内容は、受賞の喜びと、その後の「みのむしふとん」の進化です。

進化に付きましては、横幅70センチのスリムタイプ「みのむしふとんアイドリング無用」、「みのむし毛布」そして、今春から発売予定の「クワガタ」です。

先日の日記にも書きましたが、みのむしふとんを考えた切っ掛けは、淡路阪神大震災に炊き出しに行ったときに見た体育館内の情景です。
あれから16年経ったのですが、東日本大震災では、やはり機能を果たせないままの布団の形状に胸が潰れます。

せめて寝る時くらいは、癒されたい。

そんな思いから在庫にあった「みのむし毛布」120枚を被災地にお届けしましたが、みのむしふとんは手作りオーダー・メードの為、在庫もなく、お届けできませんでした。

400年の間、進歩のない布団の形状をなんとかしたいと、布団屋としての責任を痛感し、頑張っています。

今回の受賞を励みとして、これからも癒しの開発を続ける所存です。
nice!(0) 

テレビ東京から8時30分に電話。

「8時にはベスト3が確定すると思っていたんですが、未だ上位がだんご状態です。
 最終投票の24時の結果を見ないと、判断できません。
 ですから、結果報告は、明日になります。」と電話を貰った。

『うーん、上位の4社か5社の接戦なんだろうな。
 しかし、ここまで来たら、なんとしても、当選したい。』

と言う事で、どうか皆さん、残り2時間30分ですが、投票を宜しくお願いいたします。

<a href=http://www.tv-tokyo.co.jp/wbs/toretama3000/index.html?movid=20010409>投票は、こちらから。</a>
nice!(0) 

いよいよ最終日の追い込み。、

本日の昼すぎに、テレビ東京から電話あり。

「上位が接戦なんですよ。
 このままベスト3に残れば、今夜の8時、もう一度電話をさせて頂きますが、よろしいですか?」とのこと。

どうも、かなりの接戦らしい。

そこで、皆さんにお願いします。
本日、いよいよ投票も最終日。

お陰様で、現在「みのむし君」はゴールへと一目散!、と健闘してます。
どうぞ追い込みの鞭、いえいえ投票を、お願い申し上げます。

<a href=http://www.tv-tokyo.co.jp/wbs/toretama3000/index.html?movid=20010409>投票は、こちらから。</a>

首尾よく逃げ切る(差し込み?)ことが出来ましたら、日曜日に「ねむねむはうす」で「受賞の喜びの声と、進化したみのむし君」の取材と撮影に来れます。
更には26日(火曜日)には、WBCに生出演もできるとのこと。

ご協力、宜しくお願いいたします。
nice!(0) 

ベスト・オブ・トレたま [みのむしふとん]

ワールドビジネスサテライトという番組で「みのむしふとん」が紹介されたのが、2001年4月9日。

そして本日、番組が3000回を迎えるという事で、この12年間に放送された中から15作品をノミネートし、人気投票が行われることになり、私の開発した「みのむしふとん」がノミネートされました。

更に投票の結果、上位3作品の入賞者にはTV出演のご褒美まで用意されていると云うんですから、びっくりです。
そこで日記をご覧頂いてる皆様には、是非是非、投票をお願いしたいのです。

投票期間は、4月15日~22日(金)まで。

<a href=http://www.tv-tokyo.co.jp/wbs/toretama3000/index.html?movid=20010409>投票は、こちらから。</a>

よろしくお願いします!!

=「みのむしふとん」の誕生秘話 =

それは、阪神大震災まで遡ります。
安土救援隊を組織して、本宮第二小学校へ炊き出しに行った時のことです。
ちょうど今の東日本大震災の光景の様な、あたり一面が焼け野原状態で、なんとも悲惨でしたが、私は、ただただ唖然とするばかりで、現実のものとは思えませんでした。
今思うと、その情景を置き換えるべきモノ(気持ちとか情感と云ったものでしょうか?)が、私の心に内在していない為に、気持ちが付いていかなかったのです。ですから私は、現実味が無く、まるで映画のセットを見ているような感覚でしかなかったのです。

そんな私が体育館へ行き、被災者の皆さんが寝起きしておられる姿を見た時、初めて胸が潰れるほどの悲しさと悔しさに襲われ、泣いてしまいました。

『あの時の悲しさと悔しさは何だったんだろう?』と、あの日以来ずっと引き摺りました。

それは、だだっ広い体育館に所狭しと並べられた災害用の毛布や布団と何百人の被災者の方々。
そこには安眠どころか微塵の癒しすらも感じられませんでした。

悔しさとは、私が布団屋として、こんな布団しか作って来られなかったと云う懺悔に近い悔しさです。

そもそも布団は【癒し】でなければならない。
蚕の繭とか蓑虫のミノとか、自然界の生き物の方が格段に優しさに包まれて眠っている。
どうして、人間界の布団は、何百年もの間、ずっと四角なんだろう?
そんな自問自答の末に誕生したのが、この「みのむしふとん」なのです。

そして今、東北の惨状をテレビが映し出しています。
やっぱり、体育館の情景を見る度に胸が潰れます。
nice!(0) 

いよいよ明日、合同立会演説会 (その1)

いよいよ明日、近江八幡市の市議会議員選挙立候補予定者の合同立会演説会だ。先月の30日に開催した「公開討論会(滋賀県議選立候補予定者5名全員参加)」に引き続いての開催である。

公開討論会なり合同立会演説会については、衆議院選挙とか参議院選挙の際に成される場合があるが、県議選とか市議選で実施されるのは稀である。
国会議員の選挙の場合は、テレビ放映で観られるが、身近な選挙はテレビでは取り上げて貰えない。

中には、「何が何でも○○候補を!」と言う向きもあるだろうが、そんな方は市民の一割にも満たず、殆どの市民は、候補者の抱負なり政策どころか、顔も名前も知らない状態で選挙が始まり、いつの間にか終わっているのが現状で、それが投票率の低さに表れている。

選挙の歴史は、日本では明治からと未だ新しいが、世界では紀元前の古代ローマ時代からと、二千年以上の歴史がある。

民主主義を根本から支えるのは「選挙」である以上、私たち市民自身が、選挙を身近にする努力をする必要があろう、と私たちは今回の企画を始めたのである。

『さて、反応は、どうだったのだろう?』と、聞き取り調査をしたところ、
(1)選挙が身近になった。
(2)投票に行きたくなった。
(3)候補者によって色んな考え方があることが分かって、勉強になった。
等々、反応が良かった。

さて、今回の近江八幡市市議会議員の定数は、24名。
そこに、29名の立候補者がある模様だ。

そこで10日ちかく前に、合同立会演説会の目的、趣旨、運営方法、返信用用紙を郵送したところ、18名が出席、3名が欠席、の合計21名の返事が帰って来たが、残りの8名は、返事がなかった。

『なんで?』である。

欠席の場合にも、候補者の抱負、質問事項に対する回答を一覧表にして紹介しようと考えていたのだが、それすら出来ない。

もっとも、選挙を控えて忙しいのは良く理解できる。
だから、何も出席を強制するものではないが、せめて返事くらいはして欲しい。

だから、『なんで?』と思ってしまう。

(下に続く)
nice!(0) 

いよいよ明日、合同立会演説会 (その2)

(上からの続き)

まさか、
「何を偉そうに、呼び付け、やがって。」とか、
「なんで、安土くんだりまで、行かんならんのや。」とか、
「何処の阿呆が、こんな企画をしてくさるんや。」とか、
そんな感想を抱かれた訳でもないと思うが、見識ある大人として市会議員に立候補される以上は、返事が欲しかったと私は考える。

もっとも、こちらの不手際で郵便物が到着していなかった、等の不手際があったとしたら、陳謝したい。

と、まあー、色々と思いはあるが、いよいよ明日になった。
候補予定者の方は、思いの丈を余すことなく訴えてほしいし、市民の方には、お一人でも多く、ご来場を賜りたい。

18人の立候補予定者に、次々と発表して貰う予定であるが、聞くだけの時間が続くから、かなり疲れると思う。
そこで、こんな風に聞いて貰えれば、楽しくなると言う方法を考えてみた。

それは、次の選挙の時、ふつうなら4年後だが、あなたが立候補して、檀上で喋ると仮定し、その時には、どんな事を、どんな風に喋ったら良いのだろう? と、思い悩みながら、各候補予定者の話を聞けば、他人事ではなくなり、真剣に聞けると思うのだが、どうだろう。

明日、4月14日(木曜日)
時間  午後7時から9時まで
場所  安土セミナリヨ

よろしく。。
nice!(0) 

今年もツバメ。

今年もツバメ君が帰ってきた。

今日は日差しがとっても暖かい

もう春なんだ と嬉しくなる

でも
少し気がかりなのは

津波で流された家に戻ったツバメ

避難所でツバメを思いやる人のこと。
nice!(0) 

東北の復興 (その1)

最近、東北の復興について良く思う。

今から25年ほど前だろうか、
私が日本青年会議所に出向していた時、10数名の仲間と共に青森県の八戸市へ泊りがけで研修に行った。

当時、八戸青年会議所では【ラブ八戸運動】が展開されていた。
ラブ八戸運動は、当時「ラブ八」と呼ばれた大きな成果を収めた運動で、後の「I Love北海道」とか、「I Love ○○」と言ったLOVE運動へと繋がった。
この運動を定義付けるならば、自らが住まいする地域社会を市民目線で見つめ直し、各種の問題なり課題を地域全体の課題として市民が一体となって解決を目指したもの、だったと私は考える。
なんでもかんでも政治に頼らず、自らが、自らの地域住民が、一丸となって我が街を愛そう、と言う運動である。

ラブ八の発端は、野犬が子供を襲った事件だ。青年会議所(JC)が呼びかけ、野犬から子供を守ろうと地域住民が立ち上がった。
ここまでなら良くある話だが、更に、地域を巻き込んでの運動は、活動することだけに留まらず、理念にまで踏み込んだ点が注目に値する。
具体的には、八戸の過去と現在そして未来を考える映画が製作され、これを各所で上映しながら市民会議が開催された。

この映画のタイトルは「八戸の水と土と心」で、八戸に流れる川が「木」に見立てられている。
中でも印象的だったのは、江戸時代の紹介だ。
「大飢饉が起き、人が人の肉を喰って、私たちの先祖は生き延びた。」とある。
飢饉の中、餓死者が大量に出て、泣く泣く子供を売りに出す、これはなにも八戸に限ったことだはなく、日本中が、そうであったに違いない。

この運動を始めた青年会議所のメンバーと話したが、彼らは私と同じ団塊の世代であり、東京からのUターン組も多かった。
そんな40歳まで青年が故郷に戻って仕事をし、それなりに一端の力も備わりはじめ、「もっと、故郷を良くしたい。どうよ、ミンナ、一緒に頑張ろうよ。」的な思いに溢れた市民会議だった。

市民会議では、こんな印象に残るシーンがあったとのこと。
その日も、とある会場で市民会議が開催され、いつもの様に映画が上映された。その後の市民との対話集会の中、一人の女性が発言を求めて手を挙げた。

(下へ続く)
nice!(0) 

東北の復興 (その2)

(上からの続き)

ベレー帽をかぶった若い娘さんだった。
「私は東京の大学の4年生です。現在は東京で暮らし、就職も東京に決まり、もう八戸には戻って来ないだろうと、つい今まで考えていました。
しかし私は、今日、八戸に帰って来ようと思いました。
八戸に戻り、八戸の未来の為に、私が出来ることを、何か八戸の街に刻みたいと思いました。だから、私は八戸に帰ってきます。」
この発言から、会場のムードは、我も我も、と急展開に盛り上がった。

「愛さないのか、愛さないのか? 八戸を」が
「愛そう! 愛そう! 八戸」に一変した瞬間だった。

これがラブ八であり、八戸に限らず日本中が、そんな時代であったと思われる。
私も安土塾や能登川青年会議所の友人と一緒に「フェスタ信長」(現在の信長祭り)を始めたのは1985年のことだった。

私たち日本の歴史を考えるなら、阪神大震災、戦後の焼け跡、江戸時代の大飢饉、更に、もっと遡るならば、まともに食を取れず、家らしき家にすら住んでいない時代もある。

そんな困難な時代を私たちの先祖は生き延び、今の時代へと繋げたことを思うと、この豊かな暮らしを享受している私たちに復興できない筈はないと私は思う。
ただ、これまでと違うのは、地域社会全体が潰れ、それが村、市、また県、地方と被害が広域に広がっている点だ。
だから、地域の面倒は地域の人間で見ると言う図式を発展させ、被災地域の面倒を被災していない地域で見ると広域な視点が求められよう。

本来、国民の安全・安心は、政治が受け持つ分野であろう。
多くの政治的な課題は地方に任せ、市民レベルで無償にて賄えば財政赤字は激減する。
そして国家は、外交、防衛、安全に特化して、もっと専門化、先鋭化すべきと私は思う。

原発事故と言い、被災者のフォローと言い、遅々として進まない現状に、どうしても苛立ちを感じざるを得ない。
nice!(0) 

近江八幡市市議会議員選挙に立候補者される各位

近江八幡市市議会議員選挙に立候補者される各位向けの文書をアップしました。

詳細はこちらの<a href=http://azuti.blog116.fc2.com/blog-entry-96.html>安土ブログ</a>をご参照ください。
nice!(0)